【 34ストリートの奇蹟 】
◆O8W1moEW.I




813 名前:「34ストリートの奇蹟」 1/3 ◆O8W1moEW.I 投稿日:2006/09/24(日) 20:59:12.56 ID:Gb3oZ0gu0
奥様の名前はマチルダ。旦那様の名前はチャーリー。
ごく普通の二人は、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。
でもただ一つ違っていたのは、二人の間に生まれた息子ジェイミーが、ミドルスクールに入っても未だにサンタクロースを信じ続けていたことです。



 ジェイミーは、いつの頃からか、クリスマスが近づくと学校でからかわれるようになりました。
サンタクロースの話をいまだに信じるジェイミーを、クラスメイトは馬鹿にし、それは時としてちょっとした苛めにまで発展しました。
しかし、それでもジェイミーは、毎年部屋に靴下をつる下げて、サンタクロースがやってくるのを待つのです。
ジェイミーは、信じ続けているのです。
サンタクロースは本当にいるのだ、と。

 今宵のニューヨークはホワイトクリスマスイブ。
ウォール街を少し外れたところにある、マンハッタン三番街三十四ストリートの住宅地に一家は住んでいます。
その日、ケーキをおなかいっぱい食べたジェイミーは、自分の部屋ですっかり眠りについていました。
時刻は六時半。それはまだ、他の子供たちがそれぞれの家でパーティを楽しんでいる時間でした。
ジェイミーがどうしてこんな早く寝てしまったのかというと、サンタさんのプレゼントが待ちきれなくて……ではありません。
実はケーキの中に、奥様が眠り薬をしこんでおいたのでした。

814 名前:「34ストリートの奇蹟」 2/3 ◆O8W1moEW.I 投稿日:2006/09/24(日) 20:59:58.28 ID:Gb3oZ0gu0
外もすっかり暗くなった七時過ぎ、旦那様が仕事から帰ってきました。
奥様が玄関まで迎えに行くと、旦那様は奥様を強く抱きしめました。
「おかえりなさい、チャーリー」
「ただいま、ハニー。今夜もニューヨーク一綺麗だよ」
そう言うと、旦那様は奥様のおでこにちょこんとキスをしました。
「もう、チャーリーったら……あら、お尻のところが汚れてるわ」
旦那様のでっぷりとしたお尻の入ったズボンが、泥と砂利で汚くなっていました。
「ああ、これかい。ロックフェラーセンターの前が凍っててね、うっかり滑って尻餅をついてしまったのさ」
十二月ともなると、ニューヨークの街は凍えるような寒さになります。
特に、超高層ビルの連なるミッドタウンではあちこちに日陰ができるため、道端はあちこちに氷が張っているのです。
「チャーリー、着替えないと」
「このままでいいさ、どうせ八時になれば着替えるんだ。それより……」
旦那様は、玄関からリビングを通り抜け、ジェイミーの部屋の前まで来ると、廊下の明かりが部屋の中になるべく差し込まないようにそっとドアを開け、ジェイミーがすやすやと寝息を立てているのを確認しました。
そんな旦那様の背中に向かって、奥様は言いました。
「ねえチャーリー、いつまでこんなこと続けるつもり? 自分の子供に、毎年クリスマスイブに眠り薬を盛る母親なんて他に知らないわ」
「しかたないさマチルダ。ジェイミーがうっかり起きて、それがたまたま僕が靴下にプレゼントを入れているときだったらどうするんだい? 僕はこの子のがっかりした顔を想像すると夜も眠れないよ」
「その時はその時だわ。私、それでいいと思うのよ。ジェイミーが気付いたっていいのよ。知ってる? あの子が学校で馬鹿にされてるってこと。これ以上本当のことを言わないのは残酷だわ。サンタの正体は――」
奥様はハッとしました。ジェイミーの寝ているはずのベッドから、声がしたのです。
奥様は人差し指を口元に当て、静かにするようにと旦那様にジェスチャーし、ジェイミーの様子をそっとうかがいました。
「サ……タさ……ありが……と……」
どうやら寝言のようでした。
旦那様は、なんだかジェイミーが可哀想な気がしました。
「オーケイ、マチルダ。そうだね、来年はもう、こんなことはやめよう。そして言おう。プレゼントをあげてるのは、本当はお父さんなんだよって」
「ええ、そうね。そうしたら、あのことも言わなきゃね、パパのお仕事の後を継ぐのはおまえなんだよってこと」
二人は、そっとジェイミーの部屋のドアを閉めました。旦那様は踵を返して歩き出すと、奥様に言いました。
「さあ、もうこんな時間だ! こうしちゃいられない、マチルダ、着替えの用意を」

815 名前:「34ストリートの奇蹟」 3/3 ◆O8W1moEW.I 投稿日:2006/09/24(日) 21:00:47.89 ID:Gb3oZ0gu0
 着替えが終わった頃には、時刻は八時を回っていました。
旦那様は、玄関のチャイムが鳴るのを、今か今かと木彫りの時計と睨めっこをしながら待っていました。
奥様は、旦那様の姿を見て言いました。
「とっても似合ってるわ、チャーリー」
「そうかい? はは、なんせこれが僕の本当の姿だからね」
鏡を見て、自慢の白いお髭を整え、去年よりもさらにぷっくりと出たお腹にぺったりとカイロを貼った頃、外からシャラン、シャランと、鈴の音が聞こえてきました。
「お、きたな」
旦那様は真っ赤な帽子を被ると、奥様にいってきますのキスをして、意気揚々と外に繰り出しました。
玄関の外には、なんということでしょう、しんしんと降り積もった雪のじゅうたんの上を、二頭のトナカイが、ソリをひいているではありませんか。
旦那様はトナカイに近寄ると、二頭の頭をなでて言いました。
「やあやあお前たち、一年ぶりだね、元気してたかい? 今宵もよろしく頼むよ」
トナカイたちは、旦那様に両側から頬ずりをし、クーンと鳴くと、後ろ足でソリに乗るように促しました。
ソリには、プレゼントがパンパンに詰まった真っ白な袋がたくさん乗っていて、旦那様が座るスペースがわずかに作ってあるだけでした。
「ははは、こりゃあ今年も忙しくなりそうだなあ」


 奥様の名前はマチルダ。旦那様の名前はチャーリー。
ごく普通の二人は、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。
でもただ一つ違っていたのは、二人の間に生まれた息子ジェイミーが、ミドルスクールに入っても未だにサンタクロースを信じ続けていたこと……
ではなくて――


旦那様は、サンタクロースだったのです。



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