【 喜びの手と約束の唇 】
◆VXDElOORQI




672 名前:喜びの手と約束の唇(1/4) ◆VXDElOORQI 投稿日:2006/09/24(日) 14:18:18.70 ID:grbPfjWF0
 またあの夢だ。あの時の――。

「アカリー。一緒に帰ろうぜ」
「うん。ちょっと待ってて」
「教室の扉のとこで待ってるからな」
 そう言うと私の彼氏、カズ君は扉の方へ行ってしまった。私は急いで教科書を鞄に詰め、扉で待っているカズ君のところへ向かう。
「お待たせ。カズ君」
「遅い」
 そう言うとカズ君は、私の頭を軽く小突いた。
「えへへ。ごめんね」
「わかればいいんだよ。じゃ帰るぞ」
「うん」

 校舎から出るともう九月も半ばだというのに、肌を焼くような太陽の視線が私達に降り注ぐ。
「暑いな」
「そうだね」
 それきり会話が途切れる。付き合い初めてから三ヶ月。ほとんど毎日一緒に帰っていたら話題もなくなってしまう。
 クラスが違えば、色々話題もあるかもしれないけど、幸か不幸か私たちは同じクラスだった。
 私達は黙って校門へと向かう。ふと校門の隣に生えている桜の木が目に留まる。
「ねぇカズ君覚えてる?」
「なにを?」
「この木の下でカズ君が私に告白してくれたんだよね。あの時は恥ずかしかったよ。皆がいる前で急に私を呼び止めて告白するんだもん」
 私が友達と一緒に歩いていると、すっかり葉桜になった桜の木の下でいきなりカズ君に声をかけられ、告白された。
 思い出すだけでもあの時の驚きや恥ずかしさ、そして好きだったカズ君に告白された嬉しさが蘇ってくる。
「あー。そういえばそうだったな」
 カズ君は特に気にする様子もなく、さっさと歩いていってしまう。
「えー覚えてないの? 私達の大切な思い出でしょ? あ、ちょっと待ってよー」
 私は早足で歩いていくカズ君を小走りで追いかける。追いついてカズ君の顔を見ると耳まで真っ赤になっていた。
「カズ君顔真っ赤だよ」
「うっさい」

673 名前:喜びの手と約束の唇(2/4) ◆VXDElOORQI 投稿日:2006/09/24(日) 14:18:54.15 ID:grbPfjWF0
 そう言うとまたカズ君は私の頭を小突いた。

 カズ君と私の間をまた沈黙が包む。
 私はカズ君にばれないように、自分の頬を軽く二回叩いて気合を入れる。
 私はある行動を実行しようとしていた。その行動とはカズ君と手を繋ぐこと。
 話すことがなくなるほど一緒に帰っているのに、まだ手も繋いでないなんて変だと自分でも思う。
 カズ君も私の頭は小突くのに、中々手を繋いでくれない。カズ君はそういうの気にしないのかもしれない。
 だとしたら一人で悩んでる私が馬鹿みたい。
 それでも私は手を握りたい衝動を抑えることが出来ず、勇気を出して自分の手をそっとカズ君の手に近づける。
 もう少しでカズ君の手というところで、不意にカズ君の手が動く。私とカズ君の手が私が思ったより早く触れ合う。
「あっ」
 想定外の接触に私はつい大袈裟に手を引っ込めてしまう。
「あ、ごめんね……」
「あ、ああ」
 私達の間に気まずい雰囲気が流れる。なんとかしないと。私はもう一度勇気を振り絞る。
『あの!』
 カズ君と私の声が重なる。
「か、カズ君から先に言って」
「ああ、うん。その……あれだ」
 カズ君はまた顔を真っ赤にして、照れくさそうに自分の頬を掻いてから言った。
「て、手、繋がね?」
 その言葉に私は驚いた。そしてとても嬉しかった。カズ君が私と同じことを考えていたことがとても、とても嬉しかった。
「う、うん」
 そして私はそっとカズ君と手を繋いだ。その手はとても大きくて、暖かい。繋いだ手からカズ君を感じられる。
 私はその感覚を心の底に刻みつけた。もうこの感覚を離したくなかった。ずっと手を繋いでいたかった。そう願った。
 私達は手を繋いだまま赤信号の横断歩道の前で足を止める。この横断歩道を渡ればカズ君と別れなければいけない。
 そこから私とカズ君の帰り道は別れるのだ。
「手繋ぐの初めてだね」
「そうだな」
「なんか恥ずかしいね」

674 名前:喜びの手と約束の唇(3/4) ◆VXDElOORQI 投稿日:2006/09/24(日) 14:19:31.89 ID:grbPfjWF0
 カズ君は顔を赤く染めて何も言わない。その時、信号が青に変わった。
「青になったぞ」
 私の手を引いてカズ君は少し小走りで横断歩道を渡ろうとする。きっとカズ君恥ずかしいだ。でも私はもっとゆっくり渡りたかった。
 少しでも長くカズ君と手を繋いでいたかったから。横断歩道を渡りきるまではしっかりとカズ君を感じていたかったから。
 でも、私達がその横断歩道を渡りきることは無かった。
 私は横断歩道の中ほどで、目の端に私達のところへ突っ込んでくるトラックを捕らえた。
(ぶつかる!)
 そう思ったときカズ君がいきなり私を抱きしめた。カズ君の体に覆われてトラックが見えなくなった。
 次の瞬間、私の体は宙を舞っていた。そして地面に激突した。私は生暖かい液体の感触に包まれながら意識を失った。

 ――いつもここで目が覚める。
 意識を失ったと思ったら目が覚めるなんて、なにかの冗談みたいだと自分でも思う。
 けど、夢の内容は冗談じゃない。現実に私とカズ君の身に起こった事実なのだ。それをこの夢を見るたびに実感させられる。
 夢の内容で現実を実感するか。これも冗談みたいな話だと、私は一人で乾いた笑いを漏らす。
 ふと自分の頬が濡れていること気付く。この夢をあとはいつもそうだ。
「もう泣かないって決めたのに。この夢のときはどうしてもダメだなぁ」
 いや、そんなこと言ってちゃダメだ。パンパンと二回を頬を強めに叩いて気合を入れる。
 いつまでもウダウダ考え事しててもしょうがない。今日はお見舞いに行くんだから元気な顔にしないと。

 病院に着くとすぐに目的の病室に向かう。
「失礼します」
 私はノックして病室へと入る。
 病室には、ベッドで眠っている人と付き添いの中年のおばさんがいた。付き添いのおばさんが私に気付き挨拶する。
「来てくれたの。いつもありがとうね。カズ君。きっとアカリも喜んでるわ」
 そう私に向かって挨拶したのは私のお母さんだ。
「いえ」
 自分の母親が私に向かって他人行儀な挨拶をする。自分も他人行儀な挨拶を返す。それは何度体験しても慣れるものではなかった。
「それじゃ私、しばらく席を外すからアカリのことお願いね」
「はい。わかりました」
 お母さんは私達を残して病室から出て行った。

675 名前:喜びの手と約束の唇(4/4) ◆VXDElOORQI 投稿日:2006/09/24(日) 14:20:35.47 ID:grbPfjWF0
「なんか変な感じだね」
 そう寝ている私、いや私の姿をしたカズ君に話しかける。でも何を言ってもカズ君は眠ったまま。
 私の体にカズ君の心があるかはわからない。それでも私はカズ君の心が生きていると信じたかった。私はカズ君に話しかける。
「あの事故のあと色々あったんだよ」
 事故の後、三日ほどで目を覚ました私は、もう一人がまだ目覚めていないと聞いて大急ぎでカズ君の病室へ向かった。
 その病室にはベッドで眠っている私の姿があった。私はここにいるのにベッドにも私がいる。わけがわからなかった。
 不意に見た病室備え付けの鏡を見て気付くことが出来た。鏡にはカズ君の姿が写っていた。
「あの時はびっくりしたよ」
 カズ君の手を握って私はカズ君に話しかけ続ける。前に握った時とは違う小さくて、すこし冷たい手。
「私達ね。心が入れ替わっちゃったみたいなの。大変だったんだよ。入れ替わったのバレたら大変なことになると思って私、頑張って
カズ君の真似したんだ。すぐに頭を小突く癖とか、困ると頬を掻く癖とか、一生懸命真似したんだよ。でも照れるとすぐ顔が真っ赤に
なるのだけは真似出来なかったよ。カズ君が傍にいないと、私照れることなんてないから、真似出来なくて大丈夫だけど……」
 私の瞳から涙が溢れ握っている手に落ちる。
 カズ君の前では泣かないって決めたのに。今朝も約束を破ってしまった。そして今も涙が止まらない。
「ごめんね。ごめんねカズ君。入れ替わらずにそのままだったらカズ君は今頃普通の生活が出来たのにね。私がカズ君の変わりに眠っ
たままになればよかったのにね。ごめんね……」

 しばらく手を握ったまま泣いていた私は、涙を拭ってからもう一度カズ君に謝った。
「ごめんね。私泣き虫だから。カズ君の前では泣かないって決めたのに。でももう泣かないよ。約束する。カズ君が目を覚ますまで、
私絶対泣かない。約束する。……だからお願い。今からすること許して」
 私はカズ君の唇に自分の唇を重ねる。私のファーストキス。誓いのキス。約束を守るためのキス。
「おとぎ話だったら王子様のキスでお姫様は目覚めさせることが出来るのに。私達はどっちが王子様かお姫様かわからないからきっと
ダメだね」
 私はカズ君の頭を軽く小突く。
「だから早く自分で起きてね」





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