【 丘の上の森 】
◆RxKL4Kx1TU




595 名前:丘の上の森 1/3 ◆RxKL4Kx1TU 投稿日:2006/09/24(日) 03:06:03.95 ID:ZN6DBOkX0
品評会作品、投下させてもらいま

 あるところに、入り込んだものは必ず眠ってしまうという森があった。
 その森は通称眠りの森と呼ばれる森で、
 小高い丘の上にある、小さいドーム型のこんもりとした森なのだが、
 そこへは動物はおろか、昆虫でさえ近寄らなかった。
 当然、中に入ったものは眠ってしまうため二度と戻ってはこられない。
 しかし、その青々とした綺麗なドーム型の森は人々の好奇心を惹きつけるらしく、
 森へ向かうものが一向に減る様子はなかった。
 前に救出に向かった人々の中で、森に入らず帰ってきた人がいたが、
 その人が語るには、森の中は濃い霧が漂っており中がどうなっているのか、
 窺い知ることは出来なかった、という。

 そんな森に新たに三人の男が挑戦しようとしていた。
 三人の男たちは仕事柄、寝る時間が短くても平気、すなわち睡魔に強いと自負していた。
 彼らはそれぞれ脚本家、漫画家、小説家であった。
 いずれも若い、ようやく才能の芽が開いてきたばかりという、
 新進気鋭のクリエイターたちだったが、氷炭相容れずというか、とにかく仲が悪かった。
 そんな彼らなので、たまたま誰が一番睡魔に強いかという話題になったときに口論となった。

「俺は三日連続で徹夜してもぜんぜん平気だ、間に酒を飲んだがそれでも睡魔に負けなかった」
 と、小説家が言うと、
「甘い甘い。俺なんか一週間に二日しか寝ないこともあるが、それでもピンピンしてる」
 と、脚本家が返し、さらに、
「何を言うか、俺は一ヶ月の間に五日しか寝なくてもぜんぜん平気だ!」
 と、漫画家が受けるものだから、口論はますます激しくなった。
 それならば眠りの森に行って確かめようではないか、となったのであった。
 彼らはくじ引きで順番を決め、脚本家、漫画家、小説家の順で行くことになった。

596 名前:丘の上の森 2/3 ◆RxKL4Kx1TU 投稿日:2006/09/24(日) 03:06:53.11 ID:ZN6DBOkX0
「いいか、十分経っても戻ってこなかったときは次のやつが挑戦する、わかったな?」
 森の入り口で脚本家はほかの二人にそう念を押すと、
 颯爽とした足取りで鬱蒼とした森の中に入っていった。
 残された漫画家と小説家は森の周りをぐるぐる回ってみたり、中をのぞいてみたりしたが、
 森は相変わらず霧で覆われており、中がどうなっているのかわからない。

 退屈した彼らは、

「あいつは戻ってくると思うか?」
「いや、無理だな。ここに来るまでも何度もあくびをしていた」
「たしかにそうだな、しかもあいつは今日も徹夜明けらしい」
「それなのに挑戦したって言うのか? 馬鹿なやつだ」

 などと、脚本家を馬鹿にしはじめた。
 そうこうしている間に十分が経ったが、結局脚本家は戻ってこなかった。

「ふん、結局戻ってこなかったか。次は俺の番だな」
 そう言って漫画家は悠然とした足どりで、靄然とした森の中へと入っていった。
 一人残された小説家は、
「さて、やつこそは戻ってこられるかな?」
 と呟きつつ、漫画家の帰りを待った。
 そのまま小説家は十分待って、漫画家が戻ってこないのを確認すると、
「馬鹿なやつらだ。いくら睡魔に強いといったって眠りの森にかなうものか」
 と、踵を返し町に戻りかけたが、
「とはいえ、やつらをこのままにもしておけん、ここはひとつやつらを助けて恩を売っておくか」
 と思い直し、森の入り口へと戻っていった。

598 名前:丘の上の森 3/3 ◆RxKL4Kx1TU 投稿日:2006/09/24(日) 03:08:44.96 ID:ZN6DBOkX0
 それから小説家は恐る恐る森の中へと入っていった。
 森の中は霧が濃く何も見えない状況だったが、手探りで木々や岩などを避けて歩くことが出来た。
 途中睡魔に襲われたが、彼は頬をつねり、手の甲をつねり、耐え切った。
 そうして森をどんどん奥へと進んでいくと、倒れている二人を発見した。
 さすがに二人を一緒に運ぶのは無理だったので、一人ずつ引きずりながら森の外へと運び出した。
 二人を森の外に連れ出しても、二人は一向に起きる気配がなかったので、小説家は二人の頬を思い切り引っ叩いた。
「おい、起きろ! 助けてやった俺様に感謝しろ!」
 そういいながら二人の頬を何度か叩くと、二人はようやく目を覚ました。
 最初は二人ともなにがなんだかよくわからない様子だったが、
 自分らが森の外にいることから、小説家に助けられたのだということを悟った。
 彼らは小説家に礼を述べると、口を揃えて
「よくあの睡魔に耐えられたものだ」と、賞賛した。
 照れくさくなった小説家は、
「お前らとは鍛え方が違うのだよ、鍛え方が」
 などと、うそぶいたが、いつもはそれに反発する二人も今回ばかりはうなずくしかなかった。

 森から戻った小説家は町で英雄となった。
 色々な席に引っ張り出され、森での体験談を飽きるほど語らされた。
 さらには学者に森の中の様子を聞かれたり、、再び森の中へ行かされたりと、普段の仕事以上に忙しい日々を送らされた。
 その騒ぎもようやく収まると、小説家はまた以前のように普段の生活に戻ったが、異変に気づいたのはそれからだった。
 小説家は以前までの小説書きの才能を失っていた。
 まったく小説というものが書けなくなっていたのだ。
 彼は自分もやはり眠りの森で眠っていたのだとそのとき悟った。
 ただし、彼の場合、眠ったのは彼の肉体ではなく、彼の才能だったのだ――。

 文才を失った小説家がその後どうなったかは定かではないが、
 噂によるといまだにどこかで小説を書き続けているらしい。
「私はたとえ文才がなくても小説を書き続ける!」といいながら――。



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