【 夜闇の少女 】
◆InwGZIAUcs




297 名前:夜闇の少女1/4 ◆InwGZIAUcs 投稿日:2006/09/23(土) 15:01:44.28 ID:DrixMoXO0
 夜の帳が降りた頃、街の片隅に佇む墓地で何かが蠢いた。掘り返された土は辺りに四散し、
目を背けたくなるほど皮膚のただれた肉塊が、痛々しくも立ち上がろうとしている。俗にゾンビと呼ばれるそれは、
立ち上がるとあてもなく歩き始めた。行き場のない自分に理解もできず、ただただ街を徘徊し、生身を求めた。

 月明かりに照らされた道を少年は歩いている。仲間と遊んだ帰りであるが、少し遅くなりすぎたと内心後悔していた。
 そんな家路の途中、少年の行く先の建物の影に人が立っていた。
 最近街で噂になっているゾンビかもしれないと、少年は足を止めた。そして気付く。
 立っていたのはゾンビではなく、しかしそれに相当するくらい奇妙な影であった。
「ねえあんた。私をこの街の墓地へと案内してちょうだい……」
「な、なんだお前? そんな所にいったらゾンビに殺されるぞ!」
 一歩、二歩と少年にかの人は近づく。近づくにつれ、その姿は明らかになっていた。
「私はベル。そのゾンビをどうにかするのが私の役目よ」
 現れたのは、とても可愛らしい十二、三才程の少女。おおよそ小さい背に、自分より大きな鎌を持っていた。
胸に三日月ワンポイントをつけた闇色のロープには、エプロンのような白いヒラヒラの飾りが付いている。
さらに彼女を闇から浮き立たせているのは透き通るような白い水色のかかった髪で、大きな三つ編みにして束ねていた。
 日常とは逸脱した格好に、可愛さに、少年はたじろいだ。
「何言ってんだ! お、お前みたいな子供に倒せるかよ!」
「あんたも子供でしょ? いいわ、他を当たるから……」
 そう言うと、ベルは闇に紛れるように裏路地へと去っていってしまった。

 早足で歩く裏路地は、異臭で満たされていた。いや、裏路地だけではなく、
この街全体が異臭で包まれていると言っても過言ではない。その時、違和感に気付いたベルは立ち止まった。
(……こっちの方が濃い)
 ゾンビの出す臭気の濃さを感じた方へと少女は駆け出した。入り組んだ路地を颯爽と駆け抜け、
時には家屋の上を跳ね、更に濃くなる臭いの元へと急いだ。
(いた!) 丁度人に襲いかかろうとしているゾンビを発見したベルは、大鎌を強く握り、更にスピードを上げた。
「やややめろ……は、は、ははなせ!」
 ゾンビの伸びた腕に捕まっているのは先程の少年であった。尻餅をつき踏ん張っている。
 ザッ! という音と共に、一陣の風が少年を煽りゾンビを二つに裂いていく。同時に、少年の視界には闇色のローブと、
水色の髪が広がっていた。ベルは少年に目もくれず、尚再生しようとするゾンビの脳へと鎌の刃先を落とした。 

298 名前:2/4 投稿日:2006/09/23(土) 15:02:18.90 ID:DrixMoXO0
「眠りなさい……次こそは、深く」
 彼女の言葉に呼応するかの如く、鎌から閃光が迸った。が、それも一瞬のこと。反射的に目を瞑った少年が
目を開けると、変わらずベルが立っているだけで、たった今そこにいたはずのゾンビが跡形もなく消えていた。
「な、何者だよおまえ……?」
「私たちは死神ですよ」
 少年の質問に、先程のベルの声とは正反対とも言えるおとなしい声が答えた。
「こら、勝手に答えないでよ!」
 ベルは地面で鎌を叩いた。少年は激しく混乱していたが、彼は恐る恐る確認を試みた。
「ひょっとして今、鎌が喋ったのか?」
 溜息一つついたベルは、観念したように口を開いた。
「まあいいわ。教えてあげるから、あんたの家を少しの間ねぐらにさせて貰うわよ」
 結局、そんな理不尽な条件にも、彼の意志が尊重されることはなかった。

 朝独特の冷たい空気が心地よく流れていた。少年とベルは今、少年の家の前にあるオープンカフェで
朝のモーニングとドリンクを食している。その最中、少年はありったけの疑問を彼女に投げかけていた。
「つまり、私たちは目を覚ましてしまった死者を眠らせるためにこの街にやってきたのです」
「えーと何のために?」
「感覚的にはあなたが今生きているのと同じ理由ですよ。私たちはそれ以上でも以下でもない存在です。
恐らく、世界のどこかでゾンビが存在している限り、私たちもまた存在するでしょう」
 軽い手つきでパンを食べながら、ベルは少年の質問に丁寧な答えを返した。
 いまいち少年は納得出来なかったが、もっと気になることがあった。
「……夜会った時と性格違わない?」
「昨夜大きな鎌見ましたよね? 私達の意識は昼と夜で逆転します。夜の人格は今この鎌の中に――」
 そういって実際に魔法かなんかで取り出そうとしているのか、空中に手を掲げたベルを、少年は制止した。
「わかった! わかった! つまり昼と夜で人格が鎌と人とで交代するんだな?」
「そうです。普段は鎌の中で寝ているのですが、昨日はたまたま目が覚めてしまったので、つい声が出てしまいました」
 そういって笑うベルの仕草にドキッとしながらも、少年は昨夜大鎌から聞こえてきた声のことを思い出した。
「えーっと続きですが、ゾンビの側には必ずどこかに死霊使いが暗躍してて、
そいつを倒さない限り根本的な解決にはならないのです……」
 ベルは溜息を交えつつ、腕を組んだ。

299 名前:3/4 投稿日:2006/09/23(土) 15:03:52.86 ID:DrixMoXO0
「それでここに居座るねぐらが必要な訳ね……」
 少年の答えに「そうなんです……」と相づちを打ち、ベルは最後の一口を食べ終えた。

 忙しない人たちで行き交う街を、血に沈むように夕焼けが赤く照らしている。
 ベルはそんな夕焼けを皮肉に思いながら、少年に声をかけた。
「もう少しで日が落ちるね……ロイ君はお家で待っていて」
「え? 俺もついて行くよ! まる一日散々街案内させといて――」
 ベルは人差し指を、少年、ロイの口に当て言葉を遮った。
「ダメ。あなたを守る余裕なんてないかもしれないの、だから……」
 ふとベルが目を閉じた。ロイはそれを妙に思い、彼女の顔をのぞき込む。
――パチィーーン!
「いってえええ!」
 突然目を開けたベルの平手を頬に頂き、涙目のロイは一歩ほど後ずさった。
「何しようとしてたのよ? エッチ」
「お、お前が急に目を閉じるからどうしたのかと思うじゃんか!」
「ふん、どうだか……とにかく! 私は行くから、あんたは家に帰って反省でもしてなさい」
 それだけ言い残すと、ベルは街の喧噪へと紛れていった。
     
 誰もが寝静まる刻、昼とは違い街は静寂そのもである。
「死者が眠るにはうるさすぎる夜ね?」
 墓地に張っていたベルは、ゾンビを召喚しようとしていた男に後ろから問いかけた。男は振り向きもせずに笑いだした。
「はは、待っていたよ……私は君に会うためゾンビを召喚していたのだからね」
「その為に死者の眠りを妨げてたの? 寝かしつける方の身にもなってほしいわ」
 男の狂喜に満ちた目がベルを捕らえる。
「お前は僕の物にする! この日のために死霊を操ってきたのだ!」
 男の合図と同時に数体のゾンビが地面から這い出すやいなや、ベルに向かってそれぞれ突進しだした。
 ベルはすっと呼吸をし、大鎌を構え、凛とした声を紡ぐ。
「眠りなさい! 黄泉への眠りは私が案内してあげるわ!」
 手近なゾンビを縦に裂いたベルは、そのまま自分も回転しながら威力を殺さず次敵を薙ぐ。
そして時折混じらす閃光がゾンビを跡形もなく消し去っていった。

300 名前:4/4 投稿日:2006/09/23(土) 15:04:23.54 ID:DrixMoXO0
 その華麗な舞いに、感嘆の息を漏らす者が一人……墓地に来ると踏んで身を隠していたロイであった。しかしその時、
――パンッ!
 余韻の残らない乾いた音が辺りを支配した。同時に、一掃されたゾンビの変わりにベルがその場に倒れ込む。
 ベルの足からは、鮮血が流れていた。
「この武器はね、銃と呼ばれる最新の兵器だ……足が痛いかな? でもこれでさっきのようには動けないよね?」
 一歩一歩ゆっくりと近づく男に、抵抗しようと何とかベルは立ち上がった。しかし、男の言うとおり先程のような動きは
できそうにもない。が、その時、男の動きに変化が生じた。男が誰かによって羽交い締めされているのだ。
「今だ! やっちまえ!」
 それは間違いなくロイの声であった。ベルは大層驚いたが、この機を逃すつもりはない。
「お前は永遠に眠ることない地獄へと行きなさい」
 最後の力で振り回した大鎌は、見事男だけを切り裂き閃光を走らせた。光が消えた後、
男はゾンビと同じように消えてしまっていた。
「ふう」と、安堵を含んだ溜息を漏らしへたり込むロイに、ベルが大声で怒鳴った。
「あんた何考えてるのよ! 一歩間違えたら死んでたわよ! 帰ってろって言ったでしょう!」
「なっ、お前の方が死にそうだったじゃねえか! 助けてやったのに何言ってんだ!」
 しばらく続いた言い争いは、足の痛さに顔を歪めたベルによって幕を閉ざした。
この程度の傷は放っておけば治ると言い張る彼女だが、ロイは辛そうな彼女を見ていられなかった。
「ほら、おぶってやるよ」
「た、頼んでなんかないからね!」
 ぷいと横向きながらも、ベルはその体をロイに預けた。ロイは「はいはい」と適当な相づちを打つ。
 背中から伝わるベルの体温に、ロイは自分の心臓の脈打つ音がハッキリと聞こえた。
「ロイ……ありがとう」
 耳元で小さく囁かれた言葉に身がよじれるほどの感情が渦巻く。そして先程の死霊使いの気持も少し理解できた。
(きっとあいつもこの眠りをもたらす死神に恋してたんだろうな……)
 彼女と出会う為、ゾンビを召喚している内におかしくなってしまったのだろう、とロイは思った。
「なあ、ゾンビが生まれる元凶ってベルなんじゃないか?」
「え? 何でよ?」
「お前に会えなくなったら俺も死霊使いになりそうだから」
「死者を冒涜した者は死んだ後、眠ることない地獄に行くのよ。ならそうなる前に眠らせてあげようか?」
 ロイは、自分の気持が全く通じてないベルに頭を痛めながら、「冗談だよ」と付け加えた。



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