150 名前:働けお父さん1(お題:眠り) ◆5GkjU9JaiQ 投稿日:2006/09/23(土) 03:39:26.71 ID:NzR2q9DwO
ふと窓の外に目をやると、太陽は昇り始めていた。
溜まる一方の疲労感。
眠れない。
いや、眠ってはならない。
私は無機質な光を放つパソコンのモニターの前で、髪が薄くなり始めた頭を抱える。
“眠らなくても生きていける薬”が開発されて数年が経つ。
繁華街には昼夜を問わず若者が溢れ、どこのビルでも一日中電気が付いている。
工事現場は延々と騒音を鳴らし続け、テレビ局は永遠に電波を流し続ける。
眠りを必要としなくなった世界に、暗闇と静寂の居場所はないようだった。
151 名前:働けお父さん2(お題:眠り) ◆5GkjU9JaiQ 投稿日:2006/09/23(土) 03:41:25.72 ID:NzR2q9DwO
モニターの横に置いてある錠剤の瓶を見る。
そのラベルには、脳天気な字体で“二十四時間戦えますよ!”と印刷されていた。
これさえ飲めば、八時間睡眠したのと同等の状態に体調が戻る。
だが、体が欲しているのは明らかに睡眠であった。錠剤なんかではない。
欲しているのは、睡眠であり、暗闇であり、静寂である。
何処かに逃げ出してしまいたい。
そんな考えに何度とらわれただろうか。
だが、私は働かなければ生きていけない。何の特技もない、薄幸のサラリーマンだからである。
こんな拷問のような生活を続けたところで、高給が貰える訳でも休みが増える訳でもない。
皆、私と同じように働いているのだから当然だ。
だが周囲の連中は、そんなことを考えていないようだった。
彼らはいつまでも無表情にキーボードを打ち、事務的に電話の応対をし、颯爽と外回りに行く。
何故誰も一切疑問を持たないのだろうか?
不思議なものである。
そんな腐っても肥料にもならないような思考を辿っていると、頭がぐらりと揺れた。
……限界だ。
私は錠剤に手を伸ばす。
152 名前:働けお父さん3(お題:眠り) ◆5GkjU9JaiQ 投稿日:2006/09/23(土) 03:43:00.81 ID:NzR2q9DwO
「――結局、何も変わりませんでしたね」
高層ビルの屋上で、白衣を着た青年が、人の蠢く地上を見下ろして呟く。
「皆、時間が欲しいと言っておったのだがな」
同じく白衣を纏う老人。青年の背後に立ち、残念そうに被りを振る。
「要は自分だけの時間、ってことでしょうか」
「この世界に何が起ころうと、時間だけは平等だ。誰か一人に一時間余計に与えることなど、出来はしないよ」
老人は顎に生やした短い白髭を引っ張りながら答えた。
「最も、それも金次第だがね」
そう言って立ち去ろうとする老人。
青年は呆れた顔で振り返る。
「また、昼寝ですか?」
―了―