【 僕の世界 】
◆U5.vIVV9sA




290 名前:僕の世界(1/4) ◆U5.vIVV9sA 投稿日:2006/09/23(土) 14:53:45.56 ID:Dqc3fi5n0
 ―――ここはどこなんだ?―――
 僕は目を開くと、どこを見ても白い世界が続いている。
「ここはどこだろう……?」
ここは、僕の知らない場所。でも、不思議と安心できる場所である。
「だれかいないの? 父さん! 母さん!」
 僕は大きく叫んだ。この白い世界すべてに響くように…。
 途端に、白い世界に変化が起きた。僕の目の前に、小さな黒い粒が舞って来ていた。
それは、次第に大きくなり、人の形を形成し始めた。
 僕は不思議な現象にただ目を見張っていることしか出来なかった。
黒い粒だったものは、黒い人になり、僕に喋りかけてきた。
「こんにちは」黒い人は男の人の声であった。
「えっと…、こんにちは…」僕は『彼』に挨拶をしたが、少し怖かった。
「君の名前は、何て言うんだい?」『彼』の声は綺麗で、澄み切っていた。
「僕は、タケルって言います…」
―――僕は『彼』に色々と質問された。
例えば、「タケルは何が好きだい?」
など、僕のことを詳しく聞いてくる。
 僕は『彼』に言った。「なぜ、そんなことを聞くの?」
 『彼』は、僕の初めての質問に動きを止めた。
「私はタケルのことを、知りたいだけだよ」
 『彼』は僕に対して、笑顔を見せた。
「タケル、君の好きなものはみたらし団子だったね?」
『彼』はそう言って、指をパチンっと鳴らした。
 すると、僕の目の前には大好きなみたらし団子が浮かんでいた。僕は言葉を失った。
「どうだい、タケル? これが君の好きなものだろう?」
そう…。それは確かに質問された時に言った物であった。『彼』は僕の顔を見て、正解であるとわかったようだ。
「タケル、少し目を瞑っていて」
 『彼』の言うとおりに、僕は目を瞑った。また、パチン、と音がした。
 僕はその音に誘われるように、目を開けた。目の前に広がる世界は、もう、白い世界ではなかった…。
そこは僕の知っている『街』であった。

291 名前:僕の世界(2/4) ◆U5.vIVV9sA 投稿日:2006/09/23(土) 14:54:41.50 ID:Dqc3fi5n0
 目の前に広がる『街』を見て、先程とは比べ物にならない衝撃を受けた。
『彼』は一体何者なの?なぜ不思議なことが出来るの?
疑問を解くために、僕は『彼』に再度質問した。
「なぜこんなことが出来るの?」
『彼』は僕の質問に答えてくれた。
「ここは君の世界……私はタケルの影だよ」
僕は『彼』の正体を知って驚いた。
あまりにも唐突で、不思議なこと……。
 僕は思いついたことを聞いてみた。
「さっきまでの、白い世界も……僕の世界なの?」
僕の疑問の中でも、あの世界は何なのか知りたかった。
それを聞き、『彼』は答えた。
「そうですよ……。あの世界は、タケルのことを知らないから白かったんだよ」
「この世界を……タケルの好きなようにするため」
『彼』の言葉を聞いて、僕は戸惑った。
僕の世界なのに、なぜ『彼』だけが創れるのかと…。
僕はそれを聞いてみた。
「タケルには創る力はないよ。ただ、拒絶する力はある」
おかしな話だな、と思った。僕の世界なのに、創れないというのだ。
『彼』は僕に、先程とは違って真剣に言った。
「タケル……私とこの世界で暮らさないか?」
 『彼』の突然の言葉に僕は驚いた。
「何言ってるんだい? 僕のいる世界はここではないんだよ」
 いくらここが僕の世界でもそれは出来ない。
「タケルは覚えていないのかい? 自分に起こったことを…」
僕は無性に怖くなってしまった。それは、聞いてはいけないと。
『彼』は諭すように言った。
「覚えていないのかい? 学校の帰り道で、トラックに轢かれたことを」
僕の目の前でその時の光景がフラッシュバックした。

292 名前:僕の世界(3/4) ◆U5.vIVV9sA 投稿日:2006/09/23(土) 14:55:19.92 ID:Dqc3fi5n0
 家の帰り道、赤信号なのに突っ込んできたトラック。
目の前に迫る無機質な金属の塊。確かに伝わる激しい衝撃。
身体が裂ける痛み。骨が砕ける音。
僕が覚えているのはここまでだった。
 「僕は……死んでいるのか?」
その時の痛みが気分を悪くする。
知りたくない現実。
僕の考えてる、最悪のことを『彼』は否定した。
「タケル、あなたは生きています。ただ…問題があります」
最悪の事態は避けれていたおかげで、幾分か落ち着いた。
「問題って何?」
僕は尋ねた。死んでいないということは、まだ希望があるということである。
『彼』は衝撃的なこと言った。
「身体は生きていますが、脳に損傷があります……つまり、植物人間です」
驚きだった…。死んではいない…。だが、生きてもいない…。
「タケルのいる世界は、目は開けない。音も聞こえない。味覚も触覚も嗅覚もわからない…。」
『彼』は一呼吸置いていった。
「タケルは、それでもいいのですか?」
 僕は『彼』の言葉を受け止めた。
あの時、あの状況で五体満足であるだろうか?
僕の頭の中は、絶望に染まっていった…。
「タケル…。ここはあなたの世界です。一緒に行きましょう」
そう言い、彼は手を差し出してきた。僕は彼の手を取ろうとした。
 その時、世界が振動した。僕目掛けて、振動が全方位から流れてきた。


294 名前:僕の世界(4/4完) ◆U5.vIVV9sA 投稿日:2006/09/23(土) 14:58:35.41 ID:Dqc3fi5n0
―――――声が聞こえる
「タケル! 目を開けろ!!」これは…父さんの声だ。
「タケルちゃん! お願い! もう一度目を覚まして!」こっちは…母さんの声だ。
 振動が止まると、世界がまた元通りになった。
あの白い世界に……。僕は『彼』の手を取るのをやめた。
「タケル……行くんだね…」
『彼』は落胆したような感じである。
「行けば、ここには戻って来れなくなるよ?」
『彼』は僕に残って欲しい、と思っているだろう。
「僕はもう行くよ。僕の世界が、君の言う通りだとしても…」
 僕は決心した。

あの時の―――
父さんと母さんの声を聞いて―――

「ここはきっと、僕の世界じゃない……ここは君の世界だよ…」
さらに僕は言った。
「君は僕の影でもない…。君はまったく違う存在だよ」
「ここは……本当は…私の世界…?」
 『彼』は驚いているのだろう。僕は続けて言った。
「そうじゃなきゃ、君は僕のことを知らな過ぎるよ…」
真実を知った『彼』は、僕の言葉を考えている。
 僕は『彼』に背中を向け、歩き始めた。そして、僕は『彼』に最後の言葉を言った。
「ここは君の世界だよ…。だから、僕はこの世界を……拒絶する」
その言葉を言い終わると同時に、白い世界が急激に遠のいていく。
―――――目の前は真っ暗だ。でも、恐くは無い。
――――僕は信じてる。父さんと母さんが待っていると。
―――ここは、僕の世界で、目を開けれるはず。

――そして……僕は……目覚めた――



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