【 ほかほか帝国 】
◆AQKQQcmJ.A




60 名前:ほかほか帝国 ◆AQKQQcmJ.A 投稿日:2006/09/23(土) 00:04:35.54 ID:VTq/9sF00
 季節は秋。馬は肥え、天は高くなる。
 四季のある星だったらそうなんだろうけど、この星ではちょっと事情が違います。
 いま私達が暮らしているこの星には季節という概念がまったく存在ないんですよ。
 え? 星の名前? それは……



「あー! しまったぁ!!」
 目覚まし時計は、無残にもその鳴き声をすでに止めらていた。
 ご丁寧にスヌーズ機能までオフにされている。きっといま私の顔は絶望を体現しているに違いない。
 自分で考える事のできる最大限ムダのない動きで身支度をすると、朝ご飯を食べずに玄関へと急ぐ。
 母の声が私を呼び止めるが、気にしているほどの余裕は無い。
 少しでも無駄な行動をとればそれはすなわち……遅刻という結果が私の前に立ちふさがってしまうのだ。

「朝ご飯はいらないよ! 遅刻しちゃうー!」
 私は勢いよく門扉を開け放ち走り出した。
 いつもの電車はもう数十分前に出発している。
 あと一本遅れたら取り返しがつかなかったかもしれない。私はなんとか生還への道へと駆け込む事ができた。
 息を切らしながら車内を見渡すと、いつもより乗客の数が少ない気がする。
 ラッシュが少し明けて若干すいてきた車内でなんとか座る場所を確保した私は、外を見つめながらこのあとどうやれば早く学校に着くのか計算することにした。



 ああ、お話の途中でしたね。この星のこと。
 いまからだいたい三千年前くらい。それくらい大昔に火星が爆発したそうです。 火星っていうのは私達のご先祖様が住んでいたところで、火星の近くには太陽というすっごい大きな星があったみたい。
 火星に住む前にもどこか違う星にいたらしいんだけど……えっと、ごめんなさい……星の名前を忘れちゃった。
 あ、でもこの星には火星とは少し違うところがありました。さっきも言ったけれど、この星には四季がないんです。
 今私達が太陽とあがめている星は、昔の太陽に比べるととても小さなものなんだって。
 でも、その小さい太陽人間は生きることができない。
 そこで偉大なご先祖様たちは気温を整備する機械を発明したそうです。

61 名前:ほかほか帝国 ◆AQKQQcmJ.A 投稿日:2006/09/23(土) 00:05:06.96 ID:VTq/9sF00
 その機械たちがこの星を覆っているから、この星は夏や冬という概念がなくってずっと春みたいに暖かいんだって。
 私自身、季節というものを体験したことがないからなんともいえないけど……
 夏は汗が流れ落ちるくらい暖かくて、冬は震えるくらい暖かくないんだって。一回味わってみたいなぁ。



「あぁ! しまった!」
 気がつくと、電車の扉は半分閉まっていた。
 急いで席を立ち駆け出すが、目的の駅の表札が視界の左へと流れていく。
 どうやら降り過ごしたようだ。

 車内の不思議そうな眼差しを集めつつ、私は先ほど座っていた席へと戻るしかない。
「今日は……もう学校休んでどこかに行こう」
 見覚えのある景色がどんどん下方に流れていく。次の駅で降りて逆へ向う電車に乗っても確実に遅刻だ。
 溢れでるため息をためらいもなく出しながら、私はまた外を眺めていた。
 はるか遠くに見える気候制御装置は今日もその銀色の機体ゆらめかせており、見とれるほど綺麗だ。
 この気候制御装置というものがこの星を暖かく保っている。
 遠くでたゆたうその機械がちょっとうらめしい。


 私は学校のある駅から何駅か先の駅で下車した。
 心なしかちょっとワクワクしている気がする。
 学校をさぼったというせいもあるだろうけど、なんせこの駅で降りるのは初めてなのだ。ワクワクするのも無理はない。
「今日もいい天気だなぁ。太陽が笑ってるよ」
 雲ひとつ無い晴天である。空を飛び交う小さな鳥の群がうらやましい。

「さて……どうしよっかなぁ。来てみたはいいけど特に何もすることはないし」
 色々考えた結果、とりあえずこの町の探索からはじめてみようかと思った。
 私は昔から探究心が強く、何ごとにも挑戦したくなる性格なのだ。好奇心旺盛ともいうが。
 しかし、そんな私の考えを却下するものがいた。お腹の虫である。

62 名前:ほかほか帝国 ◆AQKQQcmJ.A 投稿日:2006/09/23(土) 00:05:39.49 ID:VTq/9sF00
「そういえば今日は朝からなにも食べてなかったっけ」
 気がつけばもうお昼時である。きっとクラスメイト達は私の事など微塵も気にせず、机を囲んで楽しく昼食を食べているに違いない。

「腹が減っては戦ができないわよ! とりあえずご飯タイムにしましょう」
 独り言が多い人は寂しい人だというが、私はまさに寂しい人なのかもしれない。


 駅前には色あせた掲示板があり、そこにはこの町の地図も掲載されていた。
 どうやらこの近くに公園があるらしい。地図をみたところ、それほどの規模ではないが昼食をとるだけならば問題はまったくないだろう。
 さっそく向う事にした。寂れた商店街を抜け、ネコの国へと繋がっていそうな路地に入る、さらにしばらく歩くと一面の緑地が広がっていた。

「わぁ……ここすごい」
 思わず声にしてしまった。風の足跡が見えるような芝生が、私の目の前に広がっている。
 吹き抜ける桃色の風が私の頬を撫でながら、遠くの木々を揺らしている。
 こんな良い所があったなんて……


 私はさっそく昼食をとるべく、カバンの中のお弁当を取り出した。いや、取り出そうとした。
「あれ……? あれれ……? ない」
 頭にある血が一気に下がるきがした。どうやら、今朝急いで出る時にお弁当箱を忘れてきたらしい。
「だからお母さんが呼び止めたんだ……ショックだー」
 やはり、夜更かしはするものではないと思う。眠りは大切なのだ。
 そんな教訓を改めて学んだ私はその場にへたり込み、その勢いのまま寝転んだ。
 一面の青空が私のことを見下ろしている。気候制御装置もいつになく元気が良さそうだ。

63 名前:ほかほか帝国 ◆AQKQQcmJ.A 投稿日:2006/09/23(土) 00:06:13.59 ID:VTq/9sF00
「まぁ、いっか。こういう日もあるよね」


 おおきな青の壁紙の下、緑色のカーペットを敷いて私はお昼寝をすることにした。
 幼い小鳥達の子守唄が私を夢の淵へと誘っている。

「ほかほかして気持ちがいい日だなぁ」



 ああ、そうそう。さっきもお話が途中で終わっちゃいました。
 この星の名前はUranus。またの名を天王星といいます。

 皇帝の星とも呼ばれるこの星は、気候制御装置のおかげでいつも春のような陽気でなんです。あ、これはさっき話したか。
 もしかしたら、ほかほか陽気のこの辺り一体はほかほか帝国という名前なのかもませんね。
 だって、たぶん今この世界には私しかいないんだから。私が帝国の王様。いや、帝国だったら皇帝なのかな?

 そんなことを考えているといつのまにか眠気が頭の底から這い上がってきた。
 今日一日は気持のいい眠りの上を泳ぎながら、私はお昼ご飯の夢でも見よう。










                            −了−



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