【 恋する男 】
ID:2THx7TqI0




369 名前:恋する男 投稿日:2006/09/18(月) 00:09:26.75 ID:2THx7TqI0
 月への出張から帰ってきたときに、必ずすることがあ
る。恋人への電話だ。
 今回もその例に漏れず、重い体を宇宙港のベンチに預
けながら、電話をした。
 なんの捻りも無い呼び出し音を聞きながら、綺麗な満
月を見る。人類がその地に居ると思えないほどに、神聖
に輝いている。今では、観光しか利用価値が無いらしい
が、地球から見る月は素晴らしい。
 取り留めの無いことを考えながら、声が聞こえてくる
のを待ったが、電話にでない。こんなことは初めてだっ
た。いつも、帰ってくる日を言ってあるので、直ぐにと
るはずだった。
 酷く、胸騒ぎがした。
 電話を切り、タクシー乗り場まで走った。空車は直ぐ
に見つかり、飛び乗る。荒い息を吐きながら、恋人のマ
ンションを告げ、急いでくれと息を整えながらいった。
 タクシーは直ぐに上昇し、目的地に向け飛び始めた。
恋人のマンションまで二十分は掛かる。その間に落ち着
くことにした。
 窓から、月を見上げる。見ると子供のころを思い出す。
将来の夢に、月で働きたいと書いて馬鹿にされたことが
あった。あの時は、なぜだがわからなかったが、今なら
わかる。大企業が密集する地球でもなく、燃料の出産地
である木星でなく、開拓者が集まる金星でなく、地球の
衛星でほとんど利用価値が無い月を選んだのが馬鹿らし
かったのだろう。少なくとも、そういう教育が現在では
されているらしい。

371 名前:恋する男 2/3 投稿日:2006/09/18(月) 00:09:56.84 ID:2THx7TqI0
 恋人のマンションについたころには、冷静になってい
た。エレベータを使い、恋人の部屋の前まで行く。チャ
イムを押すが、反応が無い。合鍵を使って、入ることに
した。何度も来ているので、怒られることは無いだろう。
 ドアを開けると、うめき声が聞こえた。深く、唸るよ
うな、獣の声に聞こえた。つばを飲み込み、ゆっくりと
歩く。そうして、電気のついているリビングに、毛が生
え、口がとがり、牙が生えた恋人の姿を見つけた。
 恋人へ駆け寄った。
「人狼病よ」恋人は苦しそうに言った。「あの忌々しい、
月のせいで、こんな姿に。でも、安心して。満月が終わ
れば、治るから」
 人狼病と言うのを聞いたことなかったが、恋人の手を
握った。そうしなければいけないと思った。
「ありがとう」恋人は無理やり笑った。「ねえ、忌々し
い、あの月を、壊してくれない?」
 恋人はよろよろと、机の上に置いてある箱を指差した。
「明日、出るんでしょう? あれを持って行って。お願
い」
 恋人はそれだけ言うと、力尽きたように気絶した。
 一晩中、手を握り続けた。
373 名前:恋する男 3/3 投稿日:2006/09/18(月) 00:10:30.54 ID:2THx7TqI0
 恋人から託された箱を持って、月への宇宙船に乗った。
何度も月を見るが、やはりウサギの餅つきに見えない。蟹
だとか、色々言われているが、個人的には女にしか見えな
い。初恋は月だと恋人に言ったときの嫌悪感に満ちた表情
を思い出した。その時は冗談として流せたが、恋人は月を
憎んでいるらしい。
 月に着き、宇宙港で販売部署とウサギの販売業績の話を
しながら、箱をいつ開けようかと考えた。速いほうがいい
だろうと結論し、自由時間が着たら開けることにした。
 そして、箱を開け、後悔した。
 箱の中身は爆弾だった。タイマーが無常に減っていって
いる。
 迷わず恋人に電話をした。
「月についたの? ありがとうね。これでやっと、月の呪
いから開放されるわ。ちゃんと、帰ってきてね。そのくら
いの余裕はあるでしょ」
 それだけ言って、電話は切れた。
 絶望し、考え、そして決断した。
 宇宙港に向かい、直ぐに乗れる、木星への便に飛び乗っ
た。そして、叫んだ。
「この船をハイジャックする! これは爆弾だ! 死にた
くなければ、直ぐに非難しろ!」
 乗客は混乱していたが、爆発する前に全員が逃げ出した。
それを確認し、電話をかけた。
「君が月の呪いなら、僕は月の魔力にやられてたみたいだ」
 
<終>



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