【 Metamorphosis 】
◆Cj7Rj1d.D6




69 名前:No.18 Metamorphosis 1/5 ◇Cj7Rj1d.D6 投稿日:06/09/17 21:22:32 ID:nkI7IBDo
僕は今、浜辺を歩いている。遠くの海には小舟がいくつか浮いてい
る。太陽はちょうど真南。しばらく歩いていると、老いた漁師に出
会った。
「すみません。ここらへんに宿なんてありますかね」
漁師は愛想なく西の方向を指さした。丘の上に、こじんまりとした
塊村が、一塊。どうやらそこにあるということだろう。一軒、やた
らと豪華な屋敷が僕の目に止まる。
「なんだか、場違いな屋敷がありますね」
漁師は腰を屈め、網をほどく作業を黙々とこなしがら、僕に答える。
「あそこにゃ、お姫様が住んでんだよ」
「お姫様、というと? 」
「元薩摩藩、月見野呂居の娘、月見ねね姫」何度も聞かれたことが
あるのだろうか? 漁師はたんたんと答えた。
「維新志士様の娘さんですか。それで、どうしてこんな所に? 」
「今日は、月がでる」
「はい? 」
「気になるじゃったら、今夜、浜辺にでてみれ。姫は必ずいる」
「はぁ……。しっかし、維新志士様の娘さんですか……。いやぁ、
まさにハナの中のハナですね」
漁師はつまらなそうな顔で僕を、いちべつして、言ってくれた。
「つまらんダジャレじゃな」

70 名前:No.18 Metamorphosis 2/5 ◇Cj7Rj1d.D6 投稿日:06/09/17 21:22:48 ID:nkI7IBDo
その夜、村の宿に泊まった僕は、漁師の言うとおりに、浜辺にでて
みた。確かに、月がランランと輝いている。しばらく歩くと、砂の
下から、つき出ている岩に、月の方を向きながら腰をかけている少
女を見つけた。薄い桜色の一衣に草鞋。腰まで伸びた黒々とした髪。
それを一束にするように、結ばれた、濃い桜色のリボン。そして、
両の目を隠す

包帯。
僕は少女に近づいて、話しかけた。
「お穣ちゃんがねね姫かい?」
「ええ、そうですわ」
彼女は、少しの動揺も、動作も見せない。まさか……。
「なんの御用ですか? 」
「いやね。なぜ、お穣ちゃんがこんなへんぴな片田舎にいるの気になってね」
内心は動揺、表向きは平然を装う。
「ここは、月が綺麗ですから」
「東京でも月ぐらい見れるじゃないか」
「東京にいると迷惑がかかりますから」
「迷惑? 」
「ええ、迷惑」
彼女は、両手を膝に乗せ、背中を真っ直ぐに伸ばしながら、月を見
る。月を……見れているのか?
「……その包帯は? 」
「特に意味はありませんわ」
「いや、でも、それがあっちゃ月が見れないでしょう」
「見れます」
「……どうして? 」
「貴方の、両の目を頂きますから」

71 名前:No.18 Metamorphosis 3/5 ◇Cj7Rj1d.D6 投稿日:06/09/17 21:23:01 ID:nkI7IBDo
ザクッ、ゴットン、コロコロ、ピタッ。

腰にぶら下げていた刀を素早く貫とり、僕は、ねね姫のふりをした
モノの首を飛ばした。刀を貫いたまま、僕は村に向かって歩きだす。
一人、誰にともなく小言を吐いた。
「やはり、囚われていたか」――……



……――襲いかかる村の者を始末するのに、一時間ほどかかった。
今僕は、村で一等目立つ屋敷の前に立っている。恐らく、ここに親
玉が居り、そして姫も囚われているのだろう。僕は屋敷に静かに侵
入し、姫を探す。
台所……いない。便所……いない。客間……いない。居間……いた。
居間に、姫はいた。そして、親玉も一緒に。僕は気付かれないよう
に引き戸の後ろに隠れ、様子を伺う。二人の会話が聞こえる。
「目を開けろ」
「嫌です」
「往生際が悪いやつだ。お前を助けにこれる者など、いないのだぞ? 」
「……なぜ、そこまでして世を乱そうとするです? 」
「知れたことよ。我ら狼族など、戦がなければ生きている意味など
ないは」
「でも、あなた方は普通に生活をしているじゃないですか」

72 名前:No.18 Metamorphosis 4/5 ◇Cj7Rj1d.D6 投稿日:06/09/17 21:23:15 ID:nkI7IBDo
「血は……抑えることはできん。月を見ると血が騒ぐ。そして、力
も湧く。我らは夜にしか活動できぬが、お前の目があれば別だ。日
の下のもとで、我らは我ら自身を解き放つことができるのだ。くく
く……。まさに、天が我らに与えて下さったものとしか思えぬ」
「私は、絶対に、目を開けません」
「だが、ます…… 」

今だ。
僕は、飛び出す。刀は出したままだ。一飛びで親玉に刀がとどく範
囲に入る。やつがこちらを振り向こうとする。僕は、大きく刀を振
った。それは、やつの首をしっかりと捉える。一瞬、時が減速した
ような、錯覚。やつの表情が、喜怒哀楽を駆け巡る。肉がちぎれる
感触が、手に伝わる。親玉の首は、宙を舞いながら、障子を破り、
庭に飛んでいった。障子の破れめから見えた、地にふしたそれの顔
は、月光を浴び、狼になっていた。

「姫! 大丈夫でございますか」
僕は姫に駆け寄り、姫の両手を結んでいた縄をほどいた。姿は、浜
で姫に化けていたものと同じ。両目を開けている以外は。
「うむ。ご苦労! 」
満面の笑み。
「姫……もう、あちこちであるかないでくださいよ」

73 名前:No.18 Metamorphosis 5/5 ◇Cj7Rj1d.D6 投稿日:06/09/17 21:23:28 ID:nkI7IBDo
「すまぬ」
そう言って舌を少しだして悪戯っ子っぽく笑うのは、ずるい。
「……しっかし、狼族なんてまだいたんですね。江戸幕府成立時に
滅ぼされたって聞いていましたけど」
「私たちのせいかもな」
「え? 」
「幕府の下ではこの者たちも、静かに暮らしていたわけであろう?
それが、幕末の動乱のせいで、本能を思いだしてしまったのかも知れぬ」
「はぁ……でも、麻酔使われなくて良かったですね」
「ん? あ。そうかそうか。そうだな。はっはっは」
姫の両の目には、小さな月夜がある。しかし、姫が少しでも痛みを
感じると、それは燃える太陽のように、紅く染めあがるのだ。
……さすがに、狼族でも瞳の色までは変えることはできない。だか
ら隠していたのだろう。僕に気付いたのは匂いかな。ん?というか
話し方はあっちのほうがおしとやかだった気が……。
「はよ帰るぞ。おぶれ」
「……はいはい。もう、放浪癖は治してくださいよ、姫」
「さぁーて、どうかにーん。ヒヒヒ」
僕の背中の上で、月色の瞳を持つ少女は、楽しそうにしている。
僕は、誰にともなく小言を吐いた。
「ったくもぅ」
《完》



BACK−月の使者 ◆7h64FNgVWw  |  INDEXへ  |  NEXT−鏡花水月 ID:6wgfUDqs0