【 月の使者 】
◆7h64FNgVWw




67 名前:No.17 月の使者1/2 ◇7h64FNgVWw 投稿日:06/09/17 21:00:23 ID:nkI7IBDo
 暗い夜、月だけが顔を出す、暗く冷たいそんな夜。
 外灯が切れた路地の先に目的の人物がいた。
「……来たか」
 深みのある低い声が夜の闇に響き渡る。
 どうやらだいぶ前にこちらの存在を察知していたようだ。
「それだけ堂々としてれば、な」
 ため息まじりに答える。
 しかし、男からの返事はなかった。
 代わりに虫の鳴く声が夜を支配する。
 数十秒後、虫の声に飽きたのだろうか、男は闇に浮かぶ月を見上げながらゆっくりと口を開いた
「いい夜だ、月がこんなにも輝いている」
 つられて月を見る。確かに綺麗な満月だ、夜の空でただひとつ青く輝いている。
「ああ、綺麗なお月さんだ。だが、いい夜とは言い難い。俺にとっても、お前にとってもな」
 その言葉を聴き、男が少し笑った様な気がした。
 わずかな沈黙の後、男は低い声で同意した。
「確かに」

 夜の清涼な風が二人の間を吹きぬけ、夜の闇を再び虫の声が支配する。
 突如一陣の強い風が吹き、月が雲に隠れた。
 辺りが闇に包まれる。
 男は月の隠れた空を見上げるのをやめ、こちらに向き直った。
「貴殿は月の魔力というものを信じるか?」
 一瞬どう答えるか迷ったが、どうやら返答を期待していなかったらしい。
 男は続ける。

68 名前:No.17 月の使者2/2 ◇7h64FNgVWw 投稿日:06/09/17 21:00:46 ID:nkI7IBDo
「古来より人は月の美しさに憧れ、冷たさに恐れ、その光に神を夢想してきた。
それゆえに人は思い続けたのだ、月には人を惑わす力があると、自らが月の美しさに酔っているだけだと知りながら」
 男は興奮してきたのか、だんだん声が荒々しくなっていく。
「そう、私は月の光に酔っているのだ。体が熱くてたまらない、この疼きを抑えたい、この渇きを癒したい!」
 雲で隠れていた月が顔を出す。
 闇に覆われていた男の姿が再び、夜の路地に浮かび上がった。

「……だから全裸なのか?」
 そう、男は全裸だった。完全無欠に何も身に纏っていなかった。
 せめてコートぐらい羽織っていて欲しかったが、ここまで堂々としていると月明かりを纏ったその姿は
逆に神々しくもあり禍々しくもある。
 男は月の二面性を見事に体現していた。
「そうだ、月の光の前で生まれたままの姿を晒すことのみでしか、私の渇きは癒せない! しかし裸で外に出ることは犯罪だ。
だからこそ、私は透明人間になる薬を長年の研究の末に作り出したのだ。誤算だったのは、薬を散歩の途中落としてしまったことと
帰宅途中のOLの目の前で薬の効果が切れたことだ!」
 何もない空間から裸の男が急に目の前に現れたのだ。
 きっとOLの心に深い傷を残したに違いない。
 第1通報者であるOLに心から同情した。
 男は興奮して一息で話したせいか、肩で息をしている。
 やがて息が整ったのかこちらの肩を両手でガシッと掴み、真剣な面持ちで言った。
「わかってくれたかね、これは不幸な事故であって、犯罪ではないのだよ。
決して人前で裸を晒すという低俗な目的で歩き回っていたわけではないのだ。
それと家まで送ってくれるとありがたい。さすがにこの格好のまま歩いて帰るのは気が引けるのでな」
「いや、逮捕だ」
 無機質な金属音と共に、男の両手に銀色の輪がはめられる。
 男をパトカーに乗せる際、それとなく夜空を見上げると、月が少し笑ったような気がした。



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