【 星のしずく 】
◆AjotXSlsTI




61 名前:No.16 星のしずく 1/6 ◇AjotXSlsTI 投稿日:06/09/17 20:44:13 ID:nkI7IBDo
 九月の中旬。 
俺は今までにない長期休みを体験し、思う存分にだらけていた。
やることもないので、パソコンの電源を入れる。
ふと窓の外を眺めてみると、まるで絵画のような美しい満月が見える。
窓を開け、入ってくる風の冷たさを感じながら、狼男のような面持ちで
月を見つめる。
そのとき、流れ星が見えた。
願い事を頭の中で巡らせていたせいで、近づいてくるそれには気がつか
なかったんだ。
 
 避けきるのが精一杯だった。
家の窓めがけて全速力で飛び込んできたそれは、
強烈な破壊音とともに、パソコンのディスプレイを貫通し、キーボードに
めり込んでいる。
 いったいなにが起こった!? 俺のパソコンが……い、いやそれより、
そこにあるのはなんだ!?
謎の物体は、プシュー! という音とともに開かれた。
「ちっくしょ〜あのくそオヤジ!! なにもこんな手荒な真似しなく
たっていいじゃねぇかよぉ!」
……人間? いや違う!! こんなに小さい人間がいるはずない!!
「お? さっそくヒトがいるじゃん! これからしばらくよろしくね!」
目の前の光景を信じられず、自分の目を疑う。
「……人形……なのか?」
「なぁにいってやがんでい!! あたしは百五十代目かぐや姫であるぞ!」
かぐや姫? たしかに黒髪に長髪でかわいい顔をしてるけど……
「あれ? ひょっとしてあんた竹取物語知らないの? しょうがねぇな〜
むかしむかし……」
「い、いや知ってるよ!! だけどなんで!? だいたい竹から生まれ
てくるんじゃないのかよ?」

62 名前:No.16 星のしずく 2/6 ◇AjotXSlsTI 投稿日:06/09/17 20:44:39 ID:nkI7IBDo
「今時竹の中に入って切られんの待ってたら、
百年たっても気づかれないわい!! もっと時代背景を考えてよね!」
いきなり人の家の窓から入ってきて、
パソコン貫通するもどうかと思うけど……
「もうちょっと神聖な感じで登場する予定だったんだけどね、オヤジがブ
チギレててさ……それでこんな感じよ!」
……どんな感じだ!? それより何でウチにきたんだ!?
「てきとー」
目的はッ!?
「悪いことしたから。ようはお仕置きみたいなもんよ!」
満面の笑みを浮かべながら答える。こいつはちゃんと反省してんのか? 
「というわけでさ、オヤジの頭が冷えるまでよろしく頼むよ!!」 
ああああああ!! いったいなんだこれは!?

こうして奇妙な共同生活が始まった。

 自称かぐや姫はとにかく食う。
食べるものは餅と米だけという偏食っぷりだが、その量が半端じゃない。
「いやーあんたのところの米おいしいわ! やっぱり米はコシヒカリにかぎるよね!!そろそろデザートがほしい感じになってきたよ!」
お茶碗の中に入って、米粒つけながら俺に笑いかける。
ウチの実家は農家だから米は腐るほどあるけど、こうも消費されていたらたまったものじゃない。早めに送ってもらおう。
そもそも、こいつは月でどんな悪事を働いたのだろうか。
月のウサギを追いかけ回すとか、姫としての習い事をほっぽりだす程度のことだったのだろうか。
「そーゆープライベートのことは突っ込まないでよね。はやくーデザートまだ?
 うさぎのついた極上の白玉団子なんかがいいなぁ」

63 名前:No.16 星のしずく 3/6 ◇AjotXSlsTI 投稿日:06/09/17 20:45:03 ID:nkI7IBDo
ちくしょう、居候のくせしてこの態度……最初はかわいいから許してやったけど
だんだんと殺意が芽生えてきた。
「あたしのこといじめたら月の連中がだまってないからね。はやく白玉ー」
こいつには笑顔以外の表情はないのか?
……白玉粉買ってきますよ。

 竹取物語では、小さかったかぐや姫が急激に大きくなるのだが、
こいつは変わらなかった。なんでも、米と餅以外のものを食べると突然変異で人と同じくらいの大きさになってしまうらしい。
「先代が月に帰ってきた時なんか大変だったらしいよ! もとの大きさに戻すのに何ヶ月もかかったみたい」
ただでさえ破壊力抜群なこいつが、人と同じ大きさになったらと思うと身の毛がよだつ。くれぐれも他の食べ物をあげないように心がけよう。

 また、好奇心旺盛なかぐやは、ことあるごとに外に出たがった。
「遊園地もいいし、動物園もいいわね……なにより水族館はかかせないわ! 
あたしよく地球を観察していたから行きたいとこたくさんあるのよね!」
あなたは反省のためにこの地球に送られてきたことをお忘れですか?
「せっかく来たんだから楽しまなくちゃ損でしょ!
他の人には見つからないようにあんたの上着のポケットにでも
隠れてるから大丈夫よ」
上着のポケットに人形忍ばせているような不思議ちゃんになるつもりはない!
「月の連中にあたしが襲われてるって報告しようかな……」
「わかりました! 行きますよ! 行けばいいんでしょうが! その代わり絶対に一言も喋るなよ!」
「まかせとけって! あたしの演技力はオスカーも射程距離に入ってんだから!」

64 名前:No.16 星のしずく 4/6 ◇AjotXSlsTI 投稿日:06/09/17 20:45:23 ID:nkI7IBDo
 口から生まれたようなかぐやが黙っていられるはずもなく、ことあるごとに
「おもしれぇぇ!」「すっげぇ!!」
を連発し、そのたびに俺が腹話術のように口をぱくぱくさせてフォローした。

なかでも水族館は一番のお気に入りらしく、何度も足を運んだ。
そのたびにイルカショーのおねぇさんの「いるかと握手してみたい人!」という問いに対して、ポケットに入りながらも
「はい!はーい!」
と手を上げ、仕方ないから代わりに俺が手を上げて、ガキの中に一人、不純物として混ざった。
えも言われぬ感触のイルカと握手をして、ショーのおねぇさんに
「あなたはホントにイルカが好きなのね」と微笑みを投げかけられたりもした。

でもまぁそんな日常も悪くはなかった。
どうせ1日中暇だった訳だし、俺自身、腹の底から笑ったのなんて久しぶりだった。

十月の中旬。
ちょうどスーパーで団子フェアなるものが催されていたので、買うことにした。
届ける前からあいつの様子が目に浮かぶ。きっと満面の笑みを浮かべ、発狂したように団子を食べるに違いない。
家のカギを開け、ノブを回し、ドアを開ける。
「ただいまー」
いつもならかぐやが見ているはずのテレビの音が聞こえない。
不思議な静けさだった。まるでかぐやが来る前の部屋のような。
まさか――
「かぐや!!」

65 名前:No.16 星のしずく 5/6 ◇AjotXSlsTI 投稿日:06/09/17 20:45:43 ID:nkI7IBDo
「なんだよ。大きい声出して」
かぐやは、月から乗ってきた怪しい球体を弄っていた。
「なんだよ……てっきり月に帰ったかとおもったぜ」
「それなんだけどさ……今日帰らなくちゃなんだ」
うつむきながらかぐやは答えた。
なんだか、今までに見たことのない暗い表情をしている。
「あたしがここにきた理由、教えようか?」
うつむきながら話を続ける。
「月はさ、ずっと昔から地球のことを監視していたの。
地球が自分たちと同じぐらいの文明を持った時に共存するためにね。
でも、最近になって地球の存在が危惧されるようになってきたの。
原因はヒトによる環境破壊と戦争。月の一部の奴らはそれに不満を抱いていた。
いっそのこと、ヒトを絶滅させたらどうかなんていう案が出てね、議会にかけられることになったの。
あたしはそんなのが一部の連中だけだってしっかり知ってたからさ、
キレちゃって、オヤジをぶん殴って言ってやったのよ。
『あんたは地球で起こってる大きなことにしか目を向けてない。中にはちゃんとした優しさをもってるヒトだっている』って。
よく考えたらオヤジも本当にヒトを絶滅させる気はなかったと思う。
ただ単に急進派をなだめるために議会を開いただけだったみたいだし。
でもさ、あたしは議会にいきなり乗り込んで王様を殴った訳だからさ、許される訳もなくて、だから地球に送られることになったの」
かぐやに、そんな一面があることなんて知らなかった。
破天荒な奴で、自分のことしか考えてないやつだとばかり思っていた。
「でもさ、あたしの考えはやっぱり間違ってなかったよね。いきなり来たあたしを、しっかりもてなしてくれる、あんたみたいなお人好しがいるんだもんね
まだこの星は腐ってない!」
瞳の端に涙を溜めながら笑っている。さっきまでの暗い表情ではない。
初めて来たときに見せた笑顔だ。

66 名前:No.16 星のしずく 6/6 ◇AjotXSlsTI 投稿日:06/09/17 20:46:00 ID:nkI7IBDo
「帰るんなら帰るでもっと前に言えよな! 最後まで自分勝手な奴だよお前は!」
「うるさいなぁ! なに泣いてんのよあんた!」
それはお前もだろ。
「それよりあんた彼女の一人でもつくりなさいよね!! まぁこんなろくでもない男に彼女なんかできないとおもうけど。
あんたがフラれる様子を月から見て笑ってあげるわ!」
かぐやの白い頬に星のしずくが伝う。
俺は何も言えずに、ただただ、かぐやを見つめていた
「じゃあ、あたし行くわ……いままでありがとう」
かぐやは不思議な球体に乗り込み、最後に微笑みながら手を振った。
ハッチが閉められ、低い機械音とともに球体は浮かび上がり、窓を抜け、
月めがけて一直線に消えて行った。

 かぐやが月に帰ってからもう一ヶ月が経つ。
こうして月を眺めていると、自然とかぐやの笑顔が思い浮かぶ。

今となってはいい思い出だ。
壊されたパソコンも保証期間だったからしっかりと直って――

突如窓の割れる音と共に、前にも見た光景が繰り返された。
「ったくあのくそオヤジ!! たかだか自分の餅食われたくらいでキレるんじゃねぇよ…… あっ! ただいま!」
満月よりもまぶしいかぐやの笑顔が目の前に輝いていた。
「……お、おかえりなさい」
 完!!



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