【 一芯同体 】
◆4kdNyYiyoU




58 名前:No.15 一芯同体 1/4 ◇4kdNyYiyoU 投稿日:06/09/17 20:27:58 ID:nkI7IBDo
 広々とした草原に、少年と少女が寝そべって夜空を見上げていた。
 夜空には無数の星々と、妖しげに輝く月。
 周囲に聞こえるのは、穏やかな風が草を揺らす音と、虫の鳴き声のみである。
 やがて、少年が口を開いた。
「……もう少しで、終わるかな」
 少女が返事をする。
「そうだね。終わっちゃうね」
 唐突で短いやり取りの後、再び風の音と虫の声が世界を満たした。

     ◆

 今から二百年ほど前、人類は遂にその生息域を月にまで広げることに成功した。
 先進国の主導で行われた、人類の歴史に残る一大プロジェクト、「月面移住計画」である。
 月には当時の最先端技術がすべて持ち込まれ、地球とは異なる環境下で様々な実験が行われた。
 そして、地球の文明の全てを結集した月の文明は、短期間で驚くべき発展を遂げる。
 更に、月は年を経る毎に独立性を高め、やがて月の住人たちは自らを地球人と区別し、「月面人」と名乗るようになった。
 地球側はこうした動きを危険視し、様々な面から牽制する。
 が、もはや手遅れ。

 あとは簡単だった。
 小さな軋轢がまもなく二星間の対立に成長し、やがて――戦争へ。
 あるいは、それは戦争とは言えないかもしれない。
 月面文明の高度な兵器は、地球人たちの想像を遥かに凌ぐものであった。
 瞬く間に地球は崩壊寸前に陥り、今はもう、滅びを待つだけの状態となっている。
 月面軍は破壊の限りを尽くし、地球側からの講和要請を完全に無視した。
 嘲笑に満ちた月側の声明によれば、地球に「与えてやる」時間は、少年少女が語り合っている、この日の二十四時まで。

     ◆

59 名前:No.15 一芯同体 2/3 ◇4kdNyYiyoU 投稿日:06/09/17 20:28:28 ID:nkI7IBDo
 そして、再び唐突に、少年が語り出す。
「あの星は――月は、もはや狂ってる。人間と呼べるものがどれだけ残ってるんだろうね。
 月面移住計画が可決された時点で、人類の終焉は決まっていたのかもしれない」
 少女が不思議そうな顔をする。
「うーん、人類おわるの? あっちのひとは死なないんじゃないの? 超強いもん」
「ううん、終わるさ。行き過ぎた欲望は目を曇らせる。故に、大切なことを見落とす。
 あっちの人はもう何も見えてないんだ。ただ目の前のモノを壊すことしか考えてない。
 力を手にした者は、それを他人に渡すことを拒み、排他的志向を強めていくから。
 結果、思い通りになるものはそうして、そうならないものは壊せばいい、という結論に達したんだよ」
 少女が僅かに顔をしかめて唸る。
「んー……難しい……。でもさ……星ごと壊しちゃう兵器を作るなんて、ほんと頭おかしいよね」
「あはは。そうだね。みんなみんな、自分たちの力に溺れて狂っちゃったんだよ。
 彼らにこそ、lunaticという言葉が相応しい」
 少年は微笑し、少女の頭を撫でる。
 少女は心地よさそうに目を閉じた。

     ◆

 月は一つの連邦国家のような形で機能しているということになっているが、実情は頂点に立つ一握りの人間たちによる独裁である。
 非合法的にその地位を得た彼らは、全てが過激派の軍人。
 月面文明の力を持ってすれば、もはやこの世界に恐るるに足るものは無し。
 自分たちが世界の王たる地位に就いたという感覚は、独裁者たちの過激性を更に強め、そして狂わせた。
 彼らは月面世界における教育システムを大きく変える。
 否、それは教育と呼べる代物ではなく、洗脳、製造と言った方が正しい。
 計画に基づいて子供が「生産」され、細分化されたプログラムに沿って「教育」を行う。
 政治家、宗教家、思想家。邪魔な者はすべて排除した。
 それから数十年を経た今、月面軍の凄惨な破壊活動を咎める者はどこにもいない。

 思考することが可能な人間は、もはや上層部にしかいないのだから。
 しかしその数少ない人間たちも、正常な思考が行えるとはおよそ言い難かった。

60 名前:No.15 一芯同体 3/3 ◇4kdNyYiyoU 投稿日:06/09/17 20:28:56 ID:nkI7IBDo
     ◆

 少女が静かに口を開いた。
「……はぁ。わたしは頭よくないから難しいことはわかんない。
 もう、そんなのはいいよ。どうせもう、時間ないんだよね?」
「そうだね。今はええと……十一時五十八分だから、多分あと二分くらい」
「あは、もうそんな時間なんだ」
 今にも崩れそうな笑顔を浮かべた少女の目から、一筋の涙が零れた。
「やっぱり、悲しいな。わたしはもっと、あなたと一緒に居たかったよ」
 少年は起き上がり、悲しげに少女の顔を覗き込む。
「僕も、もっときみと居たかった。残念だよ。
 ……最後にもう一度言っておくけどさ、好きだからね。きみのこと」
 少女の顔に暖かな笑みが灯る。
「んふ。うれしーよ」
 少年も、つられて微笑んだ。
 ふたつの顔がゆっくりと近づき――接触。
 穏やかな風が二人を包み込んだ。
 そして数秒の後、まばゆい光が世界を白く染め上げ、

 ――地球は消滅した。


 地球の重力という支えを失った月は彼方へと飛んでゆく。
 その先には名も無き星々と無数の小惑星。
 月はそれらに引き寄せられるかのようにぐんぐんと速度を上げてゆき、
 やがて、

                        完



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