【 空に輝く 】
◆KARRBU6hjo




53 名前:No.13 空に輝く1/3 ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/09/17 17:58:10 ID:nkI7IBDo
 ぺたん、という気の抜けた音を鳴らして。
 一人の子供が、とうとう座り込んだ。
「ちょっと休憩しようよー。」
 そう言うと、途端に周りからも次々と賛同の声が上がる。
 皆同じように疲れていた。単調な作業の繰り返しだが、長い時間やっていれば、その分精神力も体力も使う。
 故に一人が仕事を放り投げると、後はそれが連鎖的に他の子供たちにも伝染していった。
「あーもう。こら、勝手に休むな!」
 一人、監督役の子供が叫んだが、もう既に後の祭りだった。
 子供たちは誰一人として仕事を続けておらず、あちこちで座り込んでしまっている。
 監督役は溜息を吐いた。
 毎年これだ。自分たちにこの仕事が任されてから、期限までに間に合った例がない。
 しかし、こうなってしまってはもう仕方がない。
 彼等に休憩が必要なのは事実だったし、それに、今更続けろと注意した所で、彼等は梃子でも動かない事を、彼は経験済みだった。
 意を決して、彼は休憩を宣言する。監督役のお墨付きも出て、子供たちは安心してぞろぞろと仕事場を離れて行った。
 満面の笑顔で元気に走りながら。
「……あいつら、やっぱり元気あんじゃねーか。」
 まぁ、いつもの事。いつもの事だ。
 そう自分に言い聞かせながらも、監督役の頭には、しっかりと青筋が浮いていた。

54 名前:No.13 空に輝く2/3 ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/09/17 17:58:31 ID:nkI7IBDo
「あはは。また怒ってる。」
「あー、笑っちゃダメだよ。ほら、コッチ見てる。」
 彼女に指摘され、彼は慌てて監督役の子供から目を逸らす。
 監督役はもう一度溜息を吐いてから、何処かへと歩いていった。
「危ない危ない。」
 彼は苦笑いをして彼女を振り返る。彼女もつられて少し笑った。
「ふぅ。それにしても疲れた」
「うん。ホント。皆よくあそこまで元気があるね」
 二人は仕事場から動かずに、道具に寄り掛かって座っていた。
 元気に走って行った子供もいるが、元々体力のない二人はちゃんと休憩を取る事にしたのだ。
 何となしに、二人は空を仰ぐ。
 何も遮る物のない満天の星たちと、その中でも一際輝く大きな丸い星が、真っ暗な闇を埋め尽くさんと犇いていた。
「……あの星にもウサギが居る、って話を聞いた事があるね。」
 彼が言って、空に向かって指をさした。
 丸い丸い、大きな星。
「本当?」
「うん。それも、いっぱい。」
 彼は手を広げて、「いっぱい」のジェスチャーをする。それを見て、彼女がまたくすくすと笑った。
「わたしが聞いたのは、違うかな。あれはね、違う世界への穴なんだって。」
「違う世界?」
「うん。どこかに繋がってる。」
 二人は顔を見合わせると、もう一度空を見上げてみる。
 星は特に何の変化もなく、ただ普通にそこに在った。

55 名前:No.13 空に輝く3/3 ◇KARRBU6hjo 投稿日:06/09/17 17:58:50 ID:nkI7IBDo
「あそこにさ。」
「うん?」
「行ってみたいと思う?」
 彼女が、星を見つめながら言った。
「……いいや。」
 彼は答える。
「どうして?」
「幻想が、壊れてしまう。あの星に、何の空想も抱けなくなってしまう。それはとても悲しい事だよ。」
「そっか。きみは空想が好きだからね。」
「うん、そういう事。空白は真実よりも尊いのさ。」
「あはは。それ、何回も聞いてる。」
「何回も言ってるからね。」
 二人はそれから暫く黙っていた。
 その内監督役の子供が戻って来て、仕事の再開を宣言する。
 が、遊びに出てしまった子供たちの一部が一向に戻らずに、再び青筋を立てていた。
「それじゃあ、始めようか。」
「うん。」
 彼は杵の柄を握り、彼女は手を水に浸す。
 子供たちの大部分が仕事を再開し始めていた。
「でも、わたしは行ってみたいなぁ。」
 彼女は空を見上げる。
「あのキレイな青い星。」
 ぺったん、と。
 子供たちが、餅をつく。

 終。



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