【 土星を見上げて 】
ID:urWf1SerO




43 名前:No.11 土星を見上げて 1/6 □urWf1SerO 投稿日:06/09/17 16:59:20 ID:nkI7IBDo
その日の夜は、一段と夜が深かった。
仕事帰りで薄汚れた駅を降り、静かな家路を疲れきった足を前へ前へと動かしていた。
疲れのあまりに気付かなかった。
今宵の夜のおかしさに。
気付いた時には遅かった。
暗闇は漆黒と化していた。
顔の前に手を出しても見えないほどに暗かった。
その暗さに恐れ、光を探した。
しかし、周りに街灯は一つもなく、見渡しても黒い闇があるのみだ。
その闇は僕をジワリジワリと狙っているように感じた。
携帯をポケットから出して、光をつけてみた。
しかし、その光を僕の瞳は捕えることなく、闇だけを捕えた。
あまりの異常さと恐怖に動けなくなった。

44 名前:No.11 土星を見上げて 2/6 □urWf1SerO 投稿日:06/09/17 16:59:42 ID:nkI7IBDo
周囲に気配を配る。



━━

何一つ音はしない。
試しに靴の先を地面に軽く叩きつけてみる。
━コッ、コッ、、━

乾いた音が聞こえた
ような気がした
もう一度鳴らしてみる
━コッ、コッ、、━

聞こえるように感じる
しかし、それが錯覚ではないと言えるのだろうか。
━断定出来なかった
音まで漆黒の闇に吸収されてしまったのだろうか…

45 名前:No.11 土星を見上げて 3/6 □urWf1SerO 投稿日:06/09/17 17:00:08 ID:nkI7IBDo
落胆と失意の中ふと、空を見上げてみた。
月が輝いていた。
闇を切り裂くかのように輝く光。
あまりにも眩しくて目を細めた。
目が慣れるのを待つ。
静かな感動と救いの手を見つけた喜び、そして月の光が僕の血管を血の変わりに流れていた恐怖を全て切り裂いていった。
途端、意味のない雄叫びが喉を震わせ、暗闇に唸り響く。
溢れ暴れる幸福を落ち着かせる為だろう。

━!!

━━!!

その雄叫びは自分の耳へ本当に聞こえているのか、相変わらず分からない。
それでも、それは鼓膜を揺らすことなく、耳の奥で響いた。

46 名前:No.11 土星を見上げて 4/6 □urWf1SerO 投稿日:06/09/17 17:00:39 ID:nkI7IBDo
目が慣れた頃、雄叫びもおさまった。
ゆっくりと月を見直す。
すると、先程は気付かなかったが月の周りに土星の輪のようなものがあった。
それは虹に見えた。
鮮やかな虹だ。
何故、虹と思ったのだろうか。
自分でも分からなかった。
しかし、なんだってよかった。
光があることの素晴らしさに捕われていたからだ。
何気ない光は人にとって救いだったのだ。
あぁ、、、
なんて素晴らしいんだ、、、

今更だがそれを体感した。
漆黒の闇に対する怯えはなくなり、無音ですら小さな音楽と思えてきた。
光を閉じ込めるかのように、目を閉じた。
瞼の裏にはしっかりとあの光が焼き付いた。
焼き付いた光を逃さないようにゆっくり目を開ける。
そこは自分の部屋だった。

47 名前:No.11 土星を見上げて 5/6 □urWf1SerO 投稿日:06/09/17 17:00:58 ID:nkI7IBDo
電気はついていなかったが、そこが自分の部屋であることはうっすらと見える視界で分かった。
カッ、カッ、カッと時計の音がリズムを崩すことなく鳴っている。
着ているのも堅苦しいスーツではなく、いつものゆるい寝間着になっていた。
僕はベッドの横につったっていた。
夢だったのだろうか。
分からなかった。
あまりにリアルだったし、帰路を覚えてない辺りがさらなる現実味を帯させる。
けれど、すぐに夢だったと変な妄想を蹴り飛ばした。

48 名前:No.11 土星を見上げて 6/6 □urWf1SerO 投稿日:06/09/17 17:01:16 ID:nkI7IBDo
疲れて帰路を覚えていなかっただけ。
よくあることだ。
それに、虹が月の周りを囲むはずがない。
暗闇だってあんなに暗いはずがない。
夢だ、夢だったんだ。
灯りもつけず、冷蔵庫から天然水入りのペットボトルを取り出し、コップに注ぎ、ゴクゴクと一口で飲み干した。
時間を見た。
もう寝ないと明日の仕事に響く。
もそもそとベッドに入り、目覚ましをセットし目を閉じた。

瞼の裏には、あの輝きがしっかりと焼き付いていた。

━完━



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