31 名前:No.9 新説竹取物語1/6 ◇ddhKGEW.t2 投稿日:06/09/16 13:39:07 ID:LXP4RlxX
山奥の古ぼけた民家で、囲炉裏の火に当たりながら女はため息をついた。
「どうしたんじゃ、ため息なんかついて」
女の正面で暖をとっていた老人が話しかける。
「ううん、なんでもないの」
女はそういって首を横に振った。
「帝様の事を考えていたのでしょう?」
老女が囲炉裏の火に鍋をかけながら尋ねる。
「そ、そんな事ないよ」
女の頬には薄く朱がさしている。
「ほっほっほ、照れんでもよい。顔が赤くなっておるぞい?」
老人が笑いながら指摘する。
「ち、違うもん! これは……囲炉裏のせいで火照っちゃっただけだもん!」
女は必死で否定するが、その顔は今にも蒸気が吹き出そうな程真っ赤に染まっている。
「ふふふ、でも嫌いではないのでしょう?」
老女が汁を鍋からすくい、椀に注ぎながら尋ねた。
「嫌いじゃないよ。素敵な人だもん」
女はそれを受け取りながら答える。
「ならばなぜ帝からの求婚を拒むのじゃ? 帝から求婚されるという事は、女として最高の誉れなのじゃぞ?」
老人が汁をすすりながら尋ねる。
「それは……」
箸を止め、それきり黙りこむ女。何かを言いかけては、口をつぐむ。
「まぁ、よい。お前にはお前の考えがあるのじゃろう。お前にはワシらと違ってまだまだ時間がある。焦って結婚しなくてもよかろうて」
そういうと、老人は汁を飲み干し、立ち上がった。
「じゃあワシはもう寝るよ。ばあさんや、布団を用意しておくれ」
「はいはい、わかりました」
老女もそう言って腰を上げる
「おやすみなさい、おじいさん、おばあさん」
「あぁ、おやすみ、かぐや」
そう言って老人と老女は寝室へと向かっていった。
「ふぅ……ホント、どうしたらいいんだろう。もうすぐ月に帰らないといけないなんて……言えないよ」
32 名前:No.9 新説竹取物語2/6 ◇ddhKGEW.t2 投稿日:06/09/16 13:39:51 ID:LXP4RlxX
一人残った女……かぐやは深いため息をつくと、囲炉裏の火を消した。
『かぐや、こんにちは。お元気ですか? こちらはいつも通り忙しいです。直接会うことが出来ず、手紙でしか連絡を取れないご無礼をお許しください』
「ご無礼だなんて。私のほうがよっぽど無礼なのに」
かぐやは呟く。
山奥の民家の更に奥。小川の片隅にある岩に腰掛け、かぐやは帝からの文を読んでいた。
草鞋を脱ぎ、足を水につける。小川のせせらぎ、鳥の歌声、柔らかな日差し。全てが心地よい。
目の前に竹やぶが生い茂るこの場所は、かぐやのお気に入りだった。かぐやはここで老人に見つけられたのである。
『そうそう、先日、私と貴方が文を交わしていることを側近達に話しました。すると、なにやら石作、車持、阿倍、大伴、石上の五人がやたらと悔しがっておりました。
不思議に思い、話を聞くと、この五人は貴方に無理難題を押し付けられ振られてしまったと言っておりました。この五人を振るなんて、さすがですね』
「だって、あの人達、なんだか私を物みたいに扱うんだもの。権力を傘に着てるっていうか……とにかく嫌な感じだったなぁ」
かぐやはそう言うと足を揺らし、水を跳ねさせた。
「んー、かぐや姫、女性がそんなはしたない事をしてはいけませんよ?」
竹やぶの中から、気取った声が届いた。
「……誰?」
かぐやは文から顔を上げ、声の主に尋ねる。そこには人影が二つ浮かんでいる。
「あれ? 俺ら忘れられてる? 悲しいな」
二人が近づくにつれ、その姿がだんだんとはっきりしていく。
「石作さん? それに車持さん……なんの用ですか?」
かぐやは小川から足を抜き、立ち上がりながら詰問する。
「なに、大した用ではない」
かぐやの後ろから新たな声がした。かぐやは素早く振り返る。
33 名前:No.9 新説竹取物語3/6 ◇ddhKGEW.t2 投稿日:06/09/16 13:40:32 ID:LXP4RlxX
「阿部さん……」
「えっとですね、少しばかり僕達に付き合ってもらえればですね、それでいいんですね、はい」
「嫌とは言わせねぇぜ!」
さらに、かぐやを取り囲むように左右から二人の男が現れる。
「大伴さん……石上さん……」
じりじりと距離をつめる五人。
「やだ……やめて……こないで……」
四方を囲まれたかぐやに、逃げる術はなかった。
「いやーーーーーーーーーー!」
静かな山奥に悲痛な叫びが響く。
五分後、そこには小川のせせらぎ、鳥の歌声、柔らかな日差し、そして脱ぎ捨てられた草鞋だけが残されていた。
「私をどうするつもりなんですか?」
座敷牢に押し込まれたかぐやは尋ねた。
「んー、そうですねぇ。簡単に言うと、私たちのモノになってもらおうかなと考えているのです」
「やっぱさ、俺ら一応、名門の出だからさ、子供のころから欲しいものは全て手にしてきたわけよ」
「はっきり言おう。あのような対応を取られるのは、私たちにとってこの上ない屈辱なのだ」
「えっとですね、そういうわけでですね、多少ムリヤリなんですけどね、こういう手段に出させてもらったわけです」
「俺らをコケにした報い、たっぷり受けさせてもらうぜ!」
五人はそう言って笑った。
「こんな事をしても無駄ですよ。私は決してあなた達のモノになんかならない」
かぐやは屹然とした口調で言った。不安や恐れがないわけではない。むしろ、今にも泣き出してしまいたいほど恐ろしい。だけど、こんな卑劣な男達に弱音は見せられない。
「てめぇ……自分の立場わかってんのか?」
石上は怒りを隠そうともせず、かぐやに詰め寄る。
「やめろ、石上。この女はもはや私たちに抗う事など出来ない」
阿部が石上を制止する。舌打ちをし、石上はかぐやから離れた。
「そうそう、強がれるのも今のうちってね」
「強がる女をですね、力によって屈服させるほどですね、愉快な事はないですよね」
34 名前:No.9 新説竹取物語4/6 ◇ddhKGEW.t2 投稿日:06/09/16 13:41:03 ID:LXP4RlxX
車持と大伴がそう言って笑う。
「んー、つまらないお話はそろそろ終わりにしましょう。さ、皆さん、一緒に楽しむとしましょう」
石作がそう言うと、五人はゆっくりとかぐやに近づく。
「帝様……助けて……」
かぐやはそう呟いて目を瞑った。
「待て!」
五人に手が、かぐやに触れようとしたまさにその時、鋭い声が場を切り裂いた。
「く、なぜここに……!」
阿部が苦々しげに吐き捨てる。同時に金属音、怒号、様々な音が轟く。かぐやは更に硬く目を瞑った。
騒乱はしばらく続いたが、誰かの断末魔の叫びを最後に、共に全ての音は聞こえなくなった。
かぐやがゆっくりと目を開ける。
「かぐや、大丈夫でしたか?」
そこには刀を手にした、聡明そうな顔つきの若者がいた。
「帝様……帝様!」
かぐやはその男に走りより、そして、抱きついた。
35 名前:No.9 新説竹取物語5/6 ◇ddhKGEW.t2 投稿日:06/09/16 13:41:33 ID:LXP4RlxX
かぐやと帝は馬の背に乗り、数人の従者と共に山奥の民家へと向かっていた。振り落とされないように、かぐやは帝の背をきつく抱きしめる。
「なぜ私が彼らに捕まっているとお分かりになられたのですか?」
かぐやは帝に尋ねた。
「なにやら彼らが不穏な動きをしていたので、見張りをつけていたのですよ」
帝は事もなげに答える。
「そうだったのですか……」
かぐやはそれきり何も話さず、ただ帝の背に体を任せていた。やがて、古ぼけた民家が彼らの前に近づく。
「さぁ、着きましたよ。あなたの家です」
「帝様、今日は本当にありがとうございました」
「なに、愛する人を助けるのは男として当然の勤めですよ」
そう言って帝は笑った。愛する人……その言葉にかぐやは喜びと悲しみを覚える。
出来ることならば永遠に帝と共にこの地で生きていたい。だけど……。
「では、私はこれで」
あぁ、帝様がいってしまう。もう、会えないかもしれない。
36 名前:No.9 新説竹取物語6/6 ◇ddhKGEW.t2 投稿日:06/09/16 13:42:00 ID:LXP4RlxX
「帝様……!」
かぐやは思わず叫ぶ。
「どうしました?」
帝は振り向くと、笑顔でそう答える。あぁ、その笑顔。その声。その姿。全てが愛おしい。
大好きです。そう言ってしまいたい。
「……いえ、なんでもありません。お気をつけて」
かぐやは喉まで出かかった言葉を飲み込むと、そう言って帝に笑いかけた。
「……えぇ、ありがとうございます。では、また」
帝はゆっくりと去っていった。
かぐやはいつまでも帝の背を見つめていた。その姿が見えなくなっても。ずっと見つめ続けていた。
「かぐや? 何をしておるんじゃ?」
民家から老人が顔を出す。
「ううん、なんでもないの」
かぐやはそう言って頬をぬぐった。そして、民家へと入っていく。
「……泣いていたのか?」
老人はそう尋ねたが、かぐやは何も答えずに奥の部屋へと消えていった。
その日の夜、帝は月からまばゆい光が降り注ぐのを目撃した。
それ以来、かぐやの姿を見たものはどこにもいない。
完