655 名前:繋がる想い ◆tGCLvTU/yA :2006/09/10(日) 23:55:55.02 ID:T2i4CoHf0
晴れの日は子供たちが街を駆け回るのを眺めて、雨の日は人通りのない通りに退屈を感じ、雨音を聞きながら休み時間は読書に耽る。
自室に籠もりきりの生活だが、こんなのも悪くない。それもこれも周りの人間が良くしてくれているからなのだろう。
「私は、幸せ者だな」
妙な感傷に浸りかけたその時、
「ええ、全くです」
突如、私の呟きに同意する声がひとつ。声が現れたのは突然だが、その声音には嫌というほど聞き覚えがあった。
「……いつからそこにいた。ソフィア」
同意した声の主、ソフィアは私の問いに柔らかく微笑んで答える。
「あら、私は姫様の護衛役ですもの。いつから、というより常に姫様のお側に控えております」
そういってソフィアは私の頭を撫でる。まったく、いつも子供扱いするなと言っているのに止めようとしない。
「頭を撫でるのはよせ。それから私はもう姫ではない。女王だぞ?」
弱冠十六歳の私がこの国の女王になったのは4年前の戦争に原因がある。父上も母上もその戦争が原因で亡くなった。
残された王家の人間は私だけ。そんな絶望的な状態からここまで再興したのは家臣たちの尽力があったこそである。
もちろん、このソフィアもそんな功労者の一人だ。
「あら、お嫌でしたか? 昔は喜んでくれたのに」
名残惜しそうに私の頭を撫でている手の動きが止まる。昔は昔、今は今だ。十六にもなって頭を撫でられて喜ぶ女がどこにいる。
「まあいい。お前のそれは今に始まったことではないしな……」
怒る気分でもない。私はソフィアに向いていた顔を再び窓の外に向ける。街は、変わらず活気にあふれているように見える。
「何を見ているんですか?」
ソフィアも窓の外を見る。あまり大きな窓ではないので、自然と身を寄せ合う形になる。妙に気恥ずかしいのはなぜだ。
656 名前:繋がる想い ◆tGCLvTU/yA :2006/09/10(日) 23:58:09.95 ID:T2i4CoHf0
「ん、いや……街をな。見ていた。」
不思議そうな顔をするソフィア。街を見るのが不思議なことだろうかと私も首を傾げる。
「おかしいか? これで意外と楽しいものだぞ。」
そう、楽しい。友達と一緒に楽しそうに走り回っている子供たち。恋人同士で肩を組んで歩くもの。昼寝の場所を探し回る猫。
幸せも、笑顔も溢れている。その街の中に入ってしまえば、私の見ているものはただの退屈な日常なのだろう。
だが、私にはその退屈な日常が輝いて見える。いや、退屈には見えないと言うべきだろうか。
街には日々、色々な変化が起こっている。この場所はその変化を楽しむ特等席なのだ。
「いえ、クレア様も同じようなことを仰っていたことを思い出したんです……」
「母上が?」
そうか、ここは母上の部屋でもあった。まだ幼かった頃はよくここで一緒に寝て子守唄を歌ってもらっていた。
「やっぱり親子なんですね……女性らしさとしては、クレア様の足元にも及びませんけど」
「う、うるさい。私は私、母上は母上だ」
少し潤んだ目をゴシゴシと擦って、再び窓を見る。
この景色を母上は見ていた。この街並みを母上は好きだと言っていた。そして、私もそう思う。
なんだか、嬉しくなった。今はもういない母上と、こんなところで親子の絆を実感できるとは思ってもみなかったから。
「私はやはり、この国が大好きだ」
ソフィアは大きく頷く。
「知ってます。私も、この国が大好きですから」