これが青春だ
◆O8W1moEW.I




631 名前:「これが青春だ」 ◆O8W1moEW.I :2006/09/10(日) 23:42:49.16 ID:0by+hfz00
2006年、夏。
日本に一人の王子が誕生した。
斎藤佑樹、通称ハンカチ王子である。
彼の持つ青いタオルハンカチは、たちまちトレードマークとして定着し、世間は彼を王子と呼ぶようになった。
それから一年の月日が流れた……



632 名前:これが青春だ ◆j2VQUPGapk :2006/09/10(日) 23:44:00.01 ID:0by+hfz00
2007年、夏。
甲子園の決勝の日。
俺は、甲子園球場の土を今まさに踏んでいる。
試合開始まであと十五分。
俺は自分の左ケツを触ってみる。
パンパンッ
よし、完璧だ。
そう、何を隠そう俺の左ケツのポケットには、ポケットティッシュが入っている。
それもただのポケットティッシュではない。紅花で染めあげられた、京都のとある店でしか手に入らない秘伝のティッシュだ。
試合がはじまったらマウンドで、このティッシュで汗を拭いてやるのだ。
そうすれば、たちまち俺はティッシュ王子として世間にもてはやされることだろう。
そう、憧れの齋藤先輩のように……
待ってろよ日本、いや全世界! 俺の名を、俺の生きている証を時代に刻み付けてやるんだ!

そんな時、一塁側スタンドでは、チアガールたちの応援がはじまっていた。
だが、俺も含めたチームのみんなは、練習に打ち込めるようにオナ禁を実践していたため、わざわざ見せパン目当てにベンチから離れてスタンドを仰ぎ見るような愚か者はいなかった。
そう、俺もその一人だった。今の俺たちに、女が入り込む余地なんてなかったのだ。

「しょーいちくーん!」
突然、真上から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。おかんか? いや、おかんは俺を『君』付けで呼ばない。第一あんな若い声ではない。
この声には聞き覚えがあった。俺は慌てて一塁側スタンドを仰ぎ見た。そこには……
目が合った。
「しょーいちくん!」
一人のチアガールが、みんなに合わせて飛んだり跳ねたりしながら俺に呼びかけている。
幼馴染の佳奈だった。
佳奈は、チア部ではなかったはずだ。どうして今、俺のすぐ上でこいつはパンティをちらつかせて、いやいや、チアダンスを踊ったりなんてしてるんだ?


635 名前:これが青春だ 3/4 ◆j2VQUPGapk :2006/09/10(日) 23:46:06.00 ID:0by+hfz00
……そうだ、思い出した。
宿舎に向かう前日、そういえば佳奈に学校でこんなことを言われた覚えがある。
「決勝戦の会場で、翔一くんをびっくりさせてあげるね! だから、絶対勝ち進んでよ!」
そういうことか。この日のために、佳奈は俺に内緒でこっそりチア部の練習に参加していたのか。
なんて意地らしいやつなんだ。ありがとう、佳奈。
俺は彼女に微笑んだ。微笑み返してくれた彼女の顔は、真夏の太陽の下で汗まみれだった。
俺、君のためにも試合頑張るよ。そして、ティッシュ王子になるよ!
なるよ……なるけど、なんだよそれ、時折ちらつくんだよ、
俺の鍛え抜かれた動体視力には隠せないんだよ、汗にまみれてぐっしょりのお前のパンティが!
みんな見せパン履いてるだろうが、何でお前だけ普通に布一枚なんだよ! おかしいと思わないのかよ!
チア部じゃないのだから知らなかったんだろうが、それにしてもだな、それ、汗でちょっと透け……
うわああああああああああ!
このままでは試合に集中なんてできるわけがない。目を閉じても、生々しい動画が頭の中に無限に配信されていく!
俺は走った。
試合開始まであと五分、トイレに行く暇などない。
俺はベンチの奥の、誰からも見えないであろう死角で生きている証を刻み付けた、もとい自慰行為をはじめた。
その時、俺は大事なことに気がついたのである。そう、この行為の幕引きにはティッシュが必要不可欠なのだ。
まさかこんなところの地面に発射したままでおいておくわけにはいくまい。
大丈夫、半分くらいなら使っても平気だ。俺はまだティッシュ王子としての面目を守れるはずだ。
俺は、持ち前の早漏技術を発揮しようとする寸前に、
手持ち無沙汰のもう片方の手を使ってティッシュを慎重に半分ほど抜き取ろうとしあれ、
ひっかかってうまくとれな、あれ、やば、んはっ……うんっ……


636 名前:これが青春だ 4/4 ◆j2VQUPGapk :2006/09/10(日) 23:46:48.51 ID:0by+hfz00
……終わった。なんとかギリギリのところで、俺の生きている証はティッシュの中に納まったようだ。
自慰が終わった後の男は誰でも哲学者だ。大きくため息をつくと、手元にある残りのポケットティッシュを掴んだ。
クシャッ
やけにスカスカした手触りだった。恐る恐る、手元に目を落としてみる。
そのまさかだった。勢い余って、全てのティッシュを引き抜いてしまっていたのだ。
左手のティッシュは精液まみれですでにしっとりしており、どうやら最深部にまで到達しているようだった。
十枚のティッシュに守られているはずの掌にまで湿り気を感じる。
オナ禁明けの勢いと量はすさまじいと聞いていたが、まさかこれほどとは俺も予想外だった。
俺は涙した。一瞬の劣情が、俺からティッシュ王子の称号を奪ったのだ。
俺のアイデンティティはたったひとときの過ちで、高校球児である前に男だった俺の眼前に脆くも崩れ去ってしまった!
『やがて、誰もが十五分ずつ世界的有名人になる日がやってくる』なんて言ったやつは誰だ!?
そんなの嘘っぱちだ! もう俺は単なるそこらにいる高校球児と同じ、いがぐり頭の糞ガキだ!
大人共が勝手に俺たちなんかに夢を見てる甲子園、自分たちがガキんちょの時にどんなに薄汚れてたか、忘れちまったって言うのかい!
ちくしょう、ちくしょう、青春ってなんなんだよおおお!
俺は泣きながら、マウンドに立った。



2007年、夏、夕暮れ。
駅前では号外が配られていた。
「あらあ、この子、男前ねぇ」
初老の女性が、友人らしき数人と、一枚の新聞の周りでキャッキャと騒いでいる。
「素晴らしい、これが青春だ」
太ったサラリーマンが、独り言のようにつぶやく。
彼らの視線は、一面に載っている少年の写真に注がれている。
見出しにはこう書かれていた。
『涙の王子、栄冠をもたらす』と。

fin




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