遅刻王
◆2NoXLuVXMA




607 名前:遅刻王 1/3 ◆2NoXLuVXMA :2006/09/10(日) 23:16:37.80 ID:Bt7ijHWg0
 寝ぼけ眼で時計を見ると、すでに7時を回っていた。
 スポットライトのように俺に当たる太陽が眩しい。光のせいで埃が目の前を飛びまわっているのがはっきりとわかる。
 起動され続けのパソコンはモニターがセーフモードになり、積み重ねられていた机の辞書たちは無残にも山崩れを起こしている。
 ベットから起き上がり、背伸びをする。一つ溜息をつくと、ぐちゃぐちゃのタンスの中から制服を取り出し、着替える。
 制服のポケットに買ったばかりながら傷だらけの音楽プレイヤー、左肩に学校指定の鞄をかければ、準備オッケー。
 玄関の扉を開け、もう誰もいない家に一人「いってきます」と挨拶すると、俺は自転車に跨り学校へと道のりを行く。
 ふと左手につけた時計を見る。どうやら今日も、ぎりぎり間に合いそうに無い。
 
 俺のクラス内でのあだ名は3年間遅刻王だ。
 学校始まって以来の遅刻記録を大幅に更新したことからそのあだ名がつけられ、俺の顔と名前は不名誉な形で全教員に知れ渡っている。
 担任から「次遅刻したら推薦試験受けさせんぞ」と釘を刺されたために、ここ一ヶ月は無遅刻だったのだが、推薦試験前日の今日あっけなく寝坊した。
 いつもなら遅刻してもいつもの店でモーニングセットを食べるほど余裕なのだが、今はシャレにならない。せめて、コーヒー一杯だ。
 ペダルを漕ぐ足が重い。横を勢いよく通り過ぎていくバイクに無性に腹が立つ。バイクなら余裕で間に合うのに。


609 名前:遅刻王 2/3 ◆2NoXLuVXMA :2006/09/10(日) 23:17:53.82 ID:Bt7ijHWg0
 家と学校の丁度中間地点にある公園は、ここらの子供達の格好の遊び場である。
 ダンボールの秘密基地や砂場の城、水飲み場に散らかっている水風船の数々。どれも子供達が無邪気にはしゃいだ痕跡だ。
 そんな親しみのある公園を横切ろうとした時、何やら頭を抱えている男が目に入った。
 その男の隣にある自転車はタイヤがパンクしているようで、自転車の重みでタイヤが潰れている。
 俺はちらりと横目でその男を見ると、その男の正体が今村であることが把握できた。
 今村とは俺と真逆の存在であり、無遅刻無欠席のしっかりした男だ。しかもそれが小学校からというのだから凄い。
 俺はこの状況を見て全てを悟ると、自転車から降り、今村の方へと歩いていく。
 今村は俺の足音に気づくと、俺の方へ顔を向ける。目が赤い。多分泣いていたのだろう。
「どうした? お前が遅刻ぎりぎり登校なんてレアだな」
「しょうがないだろ・・・・・・急にタイヤがパンクしちまって・・・・・・最悪だよ・・・・・・」
 今村は地べたに座り込むと、手で顔を覆った。弱弱しい泣き声が口から漏れる。
 自ら「皆勤賞を12年間連続で取るのは俺の夢だから」と切実に語る今村を毎日見ているので、今村が泣き崩れることに疑問は持たない。
 同じクラスメイトとして、そして友達として、俺は今村を放って学校へなんて行けない。
 今村の両肩に手をかけ、泣きじゃくった今村に優しく微笑む。
「俺の自転車乗っていけよ。今なら全速力で漕げば間に合う」
 今村は驚いた表情の中にどこか期待したようなものを見せる。目が若干輝いているのがその証拠だ。
「え? でもお前、次遅刻したら推薦取り消されるんじゃ・・・・・・」
「大丈夫だよ。なんとかなるって。俺なんかよりお前の12年間の歴史が崩れる方が大変だって」
 今村はしばらく顎に手を当て唸っていた。俺はそんな今村の手を引っ張り立ち上がらせる。
「いいから行けって! 間に合わなくなるぞ!」
 半分無理やり今村を自転車に乗せる。抵抗しなかった辺り、やはり乗りたい気持ちがあったのだろう。
 今村の背中を押し、自転車を漕ぐように言う。最初は漕がなかったものの、だんだんと足が動き始めた。
 しかし、10メートルほど進んだところで急に止まり、俺の方へ振り向く。
「藤田、ありがとう! 先生にはなんとか言っておくよ!」
 そう笑顔で言うと今村は猛スピードで自転車を漕いでいった。
 俺は今村の後ろ姿を見送った後、公園のベンチに一人座り、ゆっくりと秋空を見上げた。雲の形がどこか微笑んでいるように思えた。


610 名前:遅刻王 3/3 ◆2NoXLuVXMA :2006/09/10(日) 23:19:20.61 ID:Bt7ijHWg0
「へぇー。で、続きは?」
「ゆっくりと秋の風を感じながら歩いてやってきました」
 クラスメイトの全員が呆れた表情を見せる。今村の方をちらりと見ると、ぽかんと口を開けていた。
 時刻はすでに9時を回っている。いつもの喫茶店で長居をし過ぎたのがいけなかったか。
「お前が遅刻する時は、必ず遅刻しそうなクラスメイトと会い、そして助けるんだな。よし、後で職員室に来い」
「はーい・・・・・・」
 その日の授業の間、後ろから突き刺さる全クラスメイトの視線が痛かった。
 流石に毎回遅刻の言い訳にクラスメイトを使ったのが悪かったのだろうか。今村を使ったから、もう全員使ったことになるな。
 その日は一日中、今村が俺と口を聞いてくれなかったのは言うまでも無い。
 そしてあっけなく推薦試験を受けられなくなった俺のこれからの人生は、誰も知らない。

〜Fin〜




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