fragile
◆qwEN5QNa5M




584 名前:fragile 1/3 ◆qwEN5QNa5M :2006/09/10(日) 22:53:55.16 ID:GQDC+TbG0
1ヶ月に1人が王になれて王としての待遇を受ける。
また副賞として、一つだけ自由に願いを叶える事が出来る。
そんな制度が出来たのがいつなのかは知らない。
この国の最初の王がそう決めたと聞いた事がある。

しかしこれには一つの問題があった。
この国には国民が約100万人いる。
仮に王を順番でやったとしても、100万人が一周するのには相当な時間を必要とする。
全員が100年生きても、王に1度でもなれる人間の方が全然少ない。
この問題を掲げてデモを起こす負け組もいるが、この制度が変わる事はない。
何故なら一生にまたとないチャンス、
これを他人の為に手放すわけには行かないからだ。
王になった人は誰もが、その副賞を自分の私利私欲を満たすためにそれを使っている。
ありったけの金を用意しろ、むかつくあいつを殺して欲しい、
世界一美味い飯を持って来い、1年前にいなくなった子供を探せ、俺を漫画家にしろ―――
人の数だけ願いはあるが、それが自分の為である事に変わりはない。

凄く大きなドームに数十万人の国民が集まる。
仕事が忙しい人や面倒臭い人は来ない。
だがこの国は大きいとは言い難く、国民は他にする事も無いので沢山の人が来る。
それにしても広い。まさに税金の無駄遣い。


585 名前:fragile 2/4 ◆qwEN5QNa5M :2006/09/10(日) 22:54:49.98 ID:GQDC+TbG0
王は抽選で決められる。
5歳未満の幼児以外の誰もが王になる権利を持つ。
『願いの回数、王の在位期間を増やす』『実現が不可能な事』
以外は全てが許される。

「さて、次の王を決めますよ!」
この抽選のスタッフはこの国の公務員がしている。

「今月の王は、第14番地区の○○さん!!」

さて………あれ?
地区も名前も一致している。
俺の名前は珍しいから被っているという事はないはずだ。
じゃあ、俺なのか。
そうか、俺が王か………。

人間、本当に吃驚すると意外と反応が薄かったりする、とはよく言ったものだ。
俺は歩いて舞台へ向かう。
拍手が起こるが、マナーの悪い客からはブーイングのプレゼントが届く。
その時、背中から痛みがした。
背中を触ってみると、俺の背中にはナイフが刺さっていた。
刺し所は悪くなかったのか、血の量は酷くも無かったが、痛い事に変わりはない。
誰がやったのか、振り返ると犯人と思われる人間が、機動隊によって別室に連行されていた。
あの人はどうなるんだろう?ま、どうでもいいか。
スタッフが救急車に電話した。
痛みを我慢しつつも、俺は更に前に進んでいった。


586 名前:fragile 3/4 ◆qwEN5QNa5M :2006/09/10(日) 22:55:48.63 ID:GQDC+TbG0
やがて舞台に着いた。
応急処置だなんだって言われたがこれを拒否。
マイクを受け取ると俺は言った。
「お前ら、俺を殺したって何も利益は無いぞ。
 運が悪い奴は負け続ける。それがこの国のルールだろ?」
俺が偉そうに語ると、一部の団体からブーイングが飛び交った。
司会は俺に問いかけた。
「願いは無いんですか?」
まあ、強いて言えばここの人間はうるさい奴が多過ぎる。
少し黙って欲しい、という事かな。
だが、こんな意味のない事をしたって後で後悔をするのは分かりきっている事。
まさか自分が選ばれるとは思ってなくて、何も考えていなかった。
「考えとくよ」
それだけ言うと救急車が到着したため、俺は看護士に担架に乗せられた。
そうやって会場の外へ出ようとすると、
何かが破裂する音がした。
おいおい、マナーの悪い人間が今度は花火か?
そう考えつつ、俺は救急車の中に入れられた。


587 名前:fragile 4/4 ◆qwEN5QNa5M :2006/09/10(日) 22:56:35.06 ID:GQDC+TbG0
俺が病院に辿り着くと直ぐに手術が行われ、やがて傷は癒えた。
王専用の病室に連れて行かれ、あまりにも豪華な装飾と設備に俺は逆に落ち着かない。

そして俺はやってきた看護士にとんでも無い事を知らされた。
「王様、あのドームに毒が撒かれたそうです」

「は?」
窓の外を見ると、病院が物凄く騒がしい。
次々と運ばれてくる人達。
鳴り止まないパトカーと救急車の騒音。
慌ててテレビを付けると、やはりそのニュースが嘘では無い事が分かった。
そうか、あの時の破裂の音……。
重軽傷者はまだ数え切れておらず、増え続けているらしい。
人間なんてこんなものか。一つの毒でバタバタ倒れて行く。

医者が来た。 俺は医者に話しかけた。

「俺、壇に上がった時うるさいのがいるから、引っ込んでろって思ったんだよ。
 願いが叶っちまったのかな」

「まさか。
 それが本当なら貴方は王様ではなく、神様なんじゃないんですか?」

「俺が神なら…………関係のない人まで巻き込みたいとは思わないよ」

『実現が不可能な事』ねぇ……。
この世の限界と残酷さを分からされて、心も身体も痛くなってきた。




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