520 名前: ◆yVjbpjOKPc :2006/09/10(日) 21:04:30.80 ID:7lZeM0WT0
「王様ってさ」
「ん?」
「やっぱり、死にたいって思うのかな」
「・・・は?」
ある日の放課後、西山は唐突にそんなことを口にした。
級友の笹岡は、あからさまに可哀想な子を見る目をする。
「西山、お前彼女に振られたのがそんなにショックで・・・」
「振られてねぇよ!その前に彼女なんてできたことねぇよコンチクショウ!」
「OK、落ち着け。で、唐突にどうしたんだ」
これが落ち着いていられるか!としばらく息巻く西山だったが、取り合おうとしない笹岡に気づくと、渋々と口
を開く。
日本人離れした彫りの深い顔が、やや赤くなっているのが何故か可笑しい。
「いや、王様って孤独じゃん?」
「ほう」
「独裁者の悲しみっつーのかな。何か寂しそうでさ」
「うーん、それは境遇によって違うとは思うが」
521 名前:王 ◆yVjbpjOKPc :2006/09/10(日) 21:05:34.73 ID:7lZeM0WT0
そんなもんかな、と西山は呟く。
ふと窓の外を見やると、いつの間にか太陽は低い位置にある。
グラウンドでは陸上部が熱心に活動している。
ここからは見えないが、他の部も練習に精を出しているのだろう。
「帰るか」
「そうだな」
鞄を手に取り、教室から出て行く二人。
その直前、西山は振り向いて無人の教室を見渡す。
一瞬だけ目を閉じると、彼は再び廊下へと足を進めた。
「友達がいればいいんじゃないのか?」
「おお?」
帰り道、笹岡は唐突に話し始めた。
西山は何のことかわからず、怪訝な顔をする。
「孤独な王様には、友達がいればいいんじゃないのか。そう言ったんだ」
「・・・ああ、その話か」
ようやく合点の言った顔で西山は頷く。
522 名前:王 ◆yVjbpjOKPc :2006/09/10(日) 21:07:07.38 ID:7lZeM0WT0
「でもさ、王様になっちまったら、友達なんてできないんじゃないか?」
「どうしてだ?」
「王様に近づくのは、権力に惹かれる亡者共、と相場が決まってるだろ。そんな奴らが友達なんて、こっちから
願い下げだぜ」
「あぁ、それは言えるかもな」
笹岡は一つ頷いて同意するが、すぐに続ける。
「でも、それなら話は簡単だ」
「あ?」
「王様になる前に作ればいい」
こともなげに言う彼に、西山はしばし言葉を忘れる。
そんな西山を気にかけることもなく、笹岡は言う。
「王子とかそういう立場だって、作る気になれば作れるさ。王様になってからよりは余程作りやすいよ」
「・・・で、でもさ、立場が立場だぜ?相手が気後れしちゃうかもしれないじゃん?」
「何を戯けたことを。気後れしない奴を探すんだよ。友達を作りたいなら手間を惜しむな」
「簡単に言うけどなぁ・・・」
とはいえ、真実の一端はついているのかもしれない。
そんなことを西山は思う。
523 名前: ◆yVjbpjOKPc :2006/09/10(日) 21:08:36.59 ID:7lZeM0WT0
「なぁ、笹岡」
「おう」
しばしの沈黙の後、西山は意を決したように笹岡に問うた。
「俺たちは友達だよな?」
「・・・西山、きもい」
「真面目な話だよ!」
茶化しにかかった笹岡だが、いつに無い西山の様子に一瞬面食らう。
そして、しばらく考えた後、こう答えた。
「少なくとも、俺はお前のことを親友だと思ってるぞ」
「・・・じ、実は俺がホモでもか?」
「うへ、それはリアルな仮定だが・・・」
本当に嫌そうな顔をしながらも、彼はすんなりと言う。
「お前の恋人なぞ死んでも嫌だが、お前の親友にはなってやろう」
「お、俺の家系は凶悪犯罪者だらけでもか?」
「何だそれ。お前は犯罪者じゃないだろ?家系なんざ関係ねーよ。というか、さっきからどうした?」
突拍子も無いことばかり言う西山に、笹岡は流石に呆れたような顔をする。
凶悪犯罪者ばかりとはまた、何かのゲームの影響だろうか。
一瞬そんなことが頭をよぎる。
「いや・・・その、何だ、俺もお前のことは親友だと思ってるから、何と言うか」
「変だ変だと思ってはいたが、今日のお前は特に変だな」
「な、何おう!」
524 名前: ◆yVjbpjOKPc :2006/09/10(日) 21:11:40.06 ID:7lZeM0WT0
疲れたようなため息をつく笹岡に、形だけは威勢よく西山が噛み付く。
それを手で制すると、反論を許さないような口調で笹岡は言った。
「いいか。お前がどこの誰で、何がどうだろうとも、お前は俺の親友だ」
「・・・え?」
「わかったんなら返事くらいしろ。さっきみたいな台詞、二度とは言わねぇ」
「お、おう。わかった。・・・ありがとう」
「・・・調子狂うな、まったく」
頭をかきながら、くだらない話はここまでだ、と言わんばかりに率先して歩き出す笹岡。
一瞬遅れて、西山も後に続く。
夕暮れ時の赤い日差しが、二人の影を長く引き伸ばしていた。
数年後、欧州のとある小さな王国で慎ましやかな即位式が行われた。
彼はまだ乳飲み子の頃に養子として外国に預けられ、王家とは無縁の生涯を送るはずだっのだが、
次期王位継承者が次々と亡くなってしまったため、遂に彼に王位継承の白羽の矢が立ったのだ。
「なぁ」
「どうされました、王」
「やっぱり、王様って死にたくなるのかな」
「てめぇ、人に面倒くさい役職やらせやがって、勝手に死んだら地獄で殺すぞ」
「うわやめろ!王様に向かって何しやがる!冗談だ冗談!」
新王の名は、アメルケア=フォン=グラント五世。
旧名を西山章吾。
その側近を務めるのは、近衛長官笹岡祐二。
二人の名は、歴代でも最高の信頼関係を持った者として、永く人々に記憶されることとなった。