白馬に乗った王子様
◆iU3AsNaKpM




409 名前:白馬に乗った王子様 ◆iU3AsNaKpM :2006/09/10(日) 15:24:58.70 ID:lSJirQg80
「今までずっと好きだった。これからもずっと好きだ。
 だから俺と一緒に来て欲しい。」

23日PM11:47。
携帯に届いたメールを見ながら私は嬉しいのか、戸惑っているのか、迷惑なのか、よくわ
からない気持ちだった。
彼は高校時代からの友達だ。友達と言うよりは仲間と言った方が良いかもしれない。同じ
部活、水泳部にいて一緒に青春を謳歌していた。
違う大学へ行ってもちょくちょく電話したり、飲んだり。
背は私と同じくらいで、顔もかっこいい方ではあまりなくて、言いたいことを好き放題言
う無神経さ。恋愛の対象だなんて考えた事もなかったのに。
普段使われる事のないメールアドレス、彼は一体どんな顔をして携帯のボタンを押してい
たのだろう。
返事を考える事もなく呆然としていると、家の外から聞き覚えのある車の音が聞こえてく
る。中古のワゴンR。白は汚れが目立つよと笑ったあの車。
間もなくして扉をノックする音。
何も考えずに玄関へ向かい、ガチャリと鍵を回すと「まだ開けるな」と彼は言った。


410 名前:白馬に乗った王子様 ◆iU3AsNaKpM :2006/09/10(日) 15:25:33.60 ID:lSJirQg80
「良いんだったら開けてくれ。良くないんなら、やめてくれ。」
メールの返事。
「なんで?」
「それくらいわかれアホ女。」
アホ女。好きだという女に対して言う台詞だろうか。
でも私は今までこいつから、女として扱われた事はほぼなかった。
それが何だか妙に嬉しくて口元が緩む。
多分、そういうことなんだろう。
あまり何も考えずに私は、扉を開けた。
そこにいたのはいつもの無骨な表情ではなくて、随分情けない顔の男だった。

「ねえ、どこに行くの?」
尋ねても彼は答えない。
白いワゴンRは真っ暗の道をひたすら走った。
24日、AM6:32。着いた場所はどこかの駐車場。
私はいつの間にか眠ってしまっていて、体にふわふわしたものをかけられ目が覚めた。
運転席を見ると、彼は「悪い」とつぶやきながら必死でアナログの腕時計を覗いている。
「もう少し、寝てていいぞ。」
かけられた毛布の匂いを何となくかぎながら、もう眠気はほとんど飛んでいる。周りを見
渡して、彼の顔をまた見て。ここがどこなのかは聞かない方が良い気がした。
何を喋ったら良いのかわからない。
気まずい沈黙の中時間だけが過ぎて、外の寒さがじわりじわりと車の中に浸透してくる。
膝を抱えて俯くと、隣で困っているような気配がした。
私だって困っている。だから助けてあげない。
私達は無言で、時が来るのを待っていた。



411 名前:白馬に乗った王子様 ◆iU3AsNaKpM :2006/09/10(日) 15:26:05.41 ID:lSJirQg80
ようやく車から出たAM6:55。
毛布を羽織ったままごつごつとした道を歩く。
彼は歩きながらまた、「悪い」とつぶやいた。
何に対して言ってるんだろう。
不器用な言葉は、私の脳までなかなか届かない。
促されるまま歩いて、5分。着いた場所は切り立った崖。自然の造形美。東尋坊だった。
「俺と一緒に来て欲しい」というメールの文面が頭をよぎる。
まさかねと思い彼の顔を見ると、その表情は硬かった。
「悪い」
またつぶやく。
どういう意味かは私にはわからない。
彼はここに来て初めて、私の顔を見た。
「俺の親父、小学校のときにこっから飛び降りたんだ。」
水平線が明るい。もうすぐ日が昇るんだろう。
私は喉が凍っている。
「ここには何度もおふくろに連れられて来た。」
彼の視線が海に映る。
「親父が何で飛び降りたのかは俺は全然わかんねえ。」
太陽が顔を覗かせた。
「でもここに来て、あれが昇るのを見ると俺は、
 あの太陽は親父なんじゃないかと思う。」
世界に光があふれ始めた。
空気はひどく冷たいのに、頬をなでる光は温かい。
「この光も、あったかさも、全部親父なんだと思うと凄く嬉しい。
 いつもあそこから見守ってくれてると思うと。」
太陽は徐々に姿を現した。
彼は硬い表情のままだった。


412 名前:白馬に乗った王子様 ◆iU3AsNaKpM :2006/09/10(日) 15:26:49.58 ID:lSJirQg80
初めて聞くお父さんの話に、私は返事を出来ない。
彼はしばらく無言だった。
私も無言。
また時間だけが過ぎていく。
その間にも彼のお父さんはゆっくりと空を昇っていく。
「思ったんだ、俺は。お前を好きになってから。
 お前にとっての俺が、俺にとっての親父になれたらって。」
「メールの返事、聞いて良いか?」


色んな思いが体を駆け抜けていく。
一呼吸置いて伝えた私の言葉を聞くと彼の表情は初めてやわらぎ、そして太陽のように温
かく笑った。
白いワゴンRに戻り、それから私達は普段の二人に戻っていた。

AM7:58。
一緒に行くよ。




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