突撃ラヴァーズ
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402 名前:品評会用作品「突撃ラヴァーズ」1 :2006/09/10(日) 15:15:46.02 ID:Xkm464AV0
 パチ…黄昏の教室に澄んだ音が響いた。
「はい……王手。また僕の勝ちだね」
 勝者はそう言うとマグネットの将棋版を片付けだした。
「くっそー! お前卑怯なんだよ! 王将をそんなに後ろに引っ込めるなんて男らしくないっての!」
 敗者はそう叫ぶと、背もたれに全体重を任し、両足を先ほどまで将棋版が置かれた机の上に投げ出した。
「これは穴熊という立派な戦術だよ。まぁ、君みたいな突撃あるのみの素人には一生かかっても攻略できない手さ」
 勝者はカバンに手をかけ、ドアへと向かった。
「じゃあね。勝負ならいつでも受けてあげるよ」
 敗者は一人残された教室で天井を見つめていた。
「……ふん、みてろよ。絶対にいつかあいつを負かせてやる!」
 敗者は山へと沈み行く太陽を見つめながら、そう呟いた。


403 名前:品評会用作品「突撃ラヴァーズ」2 :2006/09/10(日) 15:16:16.21 ID:Xkm464AV0
 志望校判定オールA。
 模擬試験の成績通知書を一瞥すると、田中守はそれを几帳面に折りたたみ机の中に収めた。

 志望校判定オールE。
 模擬試験の成績通知書を一瞥すると、山本進平はそれをぐしゃぐしゃに握りつぶしゴミ箱へと投げ捨てた。

 その日の昼休み、彼らは二人そろって職員室に呼び出された。

「お前ら……何度も言うが、志望校を変える気は無いのか?」
 彼らの担任教師がタバコを吸いながら問う。
「はい……ありません」
「ないっスよ」
 両者、同時に答える。
 教師はため息をつき、タバコを灰皿に押し付けた。
「いいか、守。お前はもっと上を目指せる。あと一年もあるんだぞ? 堅実思考なのもいいが、人生、冒険も必要だぞ。チャレンジしないものに道は開けないんだ」
「……確かにそういう考え方もあるとは思いますが、私はその生き方があまり賢いものであるとは思えません。確実なものこそ信頼できます。」
 守は淡々と答える。
「なに言ってんだよ、守! 先生、いい事言いますね! やっぱり人生チャレンジあるのみっスよ!」
 進平は高々と答える。
「……いや、進平。お前はもう少し身の程ってものを知った方がいい。……ハッキリ言ってお前の成績じゃ今の志望校は無理だ。もっとランクを下げろ」
「堅実な道が一番って事だよ、進平」
 守が呟く。
「チャレンジ精神が一番に決まってんだろ!」
 進平が怒鳴る。
「もういい、わかった。お前らの人生だ、好きにしろ。一応アドバイスはしたからな。
まったく……お前らは幼稚園のころからの幼馴染らしいが……どうしてこうも正反対なのかね……」
 教師はそう言うと席を立ち、給湯室へと向かっていった。


404 名前:品評会用作品「突撃ラヴァーズ」3 :2006/09/10(日) 15:16:54.08 ID:Xkm464AV0
「進平……どうして君はあんなに無謀な事ばかり挑戦するんだ?」
 下校中、守は進平に話しかけた。
「んー……?」
 進平は興味なさげに声を上げた。
「思えば君は昔からそうだった。小学校の体育の時間、みんなが小学生用の鉄棒で逆上がりの練習をしているのに、
君は一人だけ大人用の鉄棒で練習をしていた……あげくの果てにはそれで失敗して骨折した事もあったな」
「あー……そんな事もあったなぁ。懐かしい思い出だな」
「君はあれからまったく成長していないんだな。あんな事をして、なんになると言うんだ? 怪我をするだけだぞ?」
「んー……でも、俺、6年生の時にはあの鉄棒で逆上がりが出来るようになったんだぜ?」
「え、そうなのか? ……それは初耳だ」
「まぁ、頑張ればいつか達成できるって事じゃね? それに……」
 進平は足を止めた。
「……それに?」
 守も足を止め、尋ねた。
「……難しい事に挑戦するのって楽しいしな!」
 進平は笑顔で答えた。
「……そんな理由なのか。下らないな」
 守は再び歩き出した。足取りが少しばかり早くなっている。まるで、何かから逃げるように。
 「おい、待てよー」
 進平は突然歩き出した守を追いかけた。


405 名前:品評会用作品「突撃ラヴァーズ」4 :2006/09/10(日) 15:17:37.22 ID:Xkm464AV0
 半年後、黄昏の教室で二人の少年が向かい合っていた。
 パチ……澄んだ音が響く。
「……王手」
 一瞬の静寂。
「……よっしゃー!」
 それを破ったのは勝者の雄たけびだった。勝者は意気揚々とマグネットで出来た将棋版を片付けはじめる。
「そんな……僕がお前に負けるなんて……」
 敗者の口から呟きが漏れる。
「四間飛車……確かに穴熊を破るにはこれが最適……君、いつの間にこんな手を……」
 敗者はそういうと、椅子に座ったままうなだれた。
「へへ、お前に負けてから色々と研究したのさ。やっぱ、何事も突撃あるのみだろ! チマチマ堅実に行くなんて、性に合わないからな」
 勝者はカバンに手をかけ、ドアへと向かった。
「じゃーな! 勝負ならいつでも受けてやるよ!」
 敗者は一人残された教室で天井を見つめていた。
「突撃あるのみ……か。難しい事に挑戦するのは……本当に……楽しいのだろうか……」
 敗者は山へと沈み行く太陽を見つめながら、そう呟いた。


406 名前:品評会用作品「突撃ラヴァーズ」5 :2006/09/10(日) 15:18:09.96 ID:Xkm464AV0
 志望校判定オールB。
 守と進平はお互いの成績通知書を見ながら、話していた。
 「しかし…まさか君がここまで成績を上げるとはね。しかも志望校はT大学だろ? 日本の最高学府じゃないか。最初は無謀だと思っていたのに……」
 「お前だって志望校T大学じゃねーか。どういう心境の変化なんだ? もっと堅実な大学志望してたんじゃねーの?」
 「……ま、色々あるんだよ」
 そういうと、守は成績通知書を几帳面に折りたたみ机の中に収めた。
 「へ、落っこちてもしらねーぞ!」
 そういうと、進平は成績通知書をぐしゃぐしゃに握りつぶしゴミ箱へと投げ捨てた。


 二人がT大学将棋部に入部するのは、それから半年後……桜の舞い散る季節の事である

 【完】




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