王道をゆく
◆ohRoMAnyXY




368 名前:1/6 ◆ohRoMAnyXY :2006/09/10(日) 13:27:17.33 ID:PS0sE2xd0
 飛んだ。
 男の身体が木々の間を抜け虚空へと舞い上がった。
果てしなく続く森林が目前に広がったが、すぐに身体は地へと戻された。
そのわずかの時間で、前方少々先に手ごろな場所を見つけた。
(あそこでやるか)
 そう決めるやいなや、男はそこへ真直ぐに駆け抜けた。
そこは、森林の中にあるのが不自然なほど綺麗な円状をしており、その上だだっ広い。まるで広場かのようだ。
中央に歩を進め、くるりと旋回し、今来た方にその視線を向けた。既に剣はその手にある。
 来た。
数は、一人。得物は見た所、やや小ぶりな剣一振り。黒装束で身を包み、顔に面を付けている。服装から察するに警備の者ではない。
暗殺や追跡の専門家といったところだろうか。やっかいなことだ。
徐々に距離を詰めてくる。まさに軽妙な足裁き。その足音もない歩きを見ると、どうやら推測は当っているようだ。
(ここで決めて、楽になるか)
 男は腹を決め、剣を下段に構えた。追手も上段に構えた。
 両者止まった。
間合いは、そうない。下手を打った方が死骸となる距離。
男は追手の仕掛けを待っている。精根尽き果てた身だ。先手を打つほどの剣速は最早出ない。
追手もそれを承知している。故に打ち込みはしない。男が動くのを待っている。
(どう撃たせるか)
 この場合、それしか手が無い。
 立っているのも辛くなってきている。額からは汗が滲み出ており、今にも目元に伝い落ちてきそうだ。
そうなっては命は無い。男は右手で剣をかざしつつ、懐から青い布を取り出し額を拭こうとした。
目線は敵の方にある。ゆえに手元が狂ったか、布が懐から零れ落ちた。
「あっ」
 視線が下へと動く。待っていたその時が,遂に来た。
追手は一挙に間合いを詰め、上段から頭上目掛けて剣を振り下ろした。
鮮血は舞い上がらず、火花が散った。
男は何時の間に手にしたか、懐から取り出した短剣で一撃を防ぎ、
相手の体幹を下からすくい上げる様にして渾身の力で切り上げた。


370 名前:2/6 ◆ohRoMAnyXY :2006/09/10(日) 13:28:43.80 ID:PS0sE2xd0
追手がその場に崩れ落ちる。
「手応え……ありか。引っ掛かりやがって馬鹿が」
そう呟き追手の死を確信した後、男もその場で倒れこんでしまった。

 まどろんでいた。
故郷、親兄弟、友人、思い人などが次々と浮かんでは消えていった。
そして徐々に思い出してきた。
自分のしたこと。追われたこと。追手を切ったこと。

 覚醒した。
不覚にも眠りこけてしまったことを瞬時に理解し、その手に剣を握った。
現状を把握するために、目は激しく動き、脳は絶えず来る情景を理解しようと必死だった。
「追手ならおらんよ」
 不意に声が聞こえ其の方に目を向けた。
老人が一人、鍋をつついている。どうやらここは民家のようだ。
「取り敢えず飯にせんか。話はそれからと言うことで」
 思うに腹は減っている。故に老人の提案は悪くない。
よって食べることにした。
 久々に腹一杯に食べ、満足感に浸っていた。
「さて、何から話したものやら」
 老人は思案を巡らしている。
「ここは何処だい」
 男が先手を打った。
「ワシの家じゃ。お主が倒れておった場所からそう離れてはおらん」
 続けて聞く。
「あんたは誰だ」
「こんな辺鄙な所に住んでいる偏屈者じゃよ」
「何故助けたんだ。金なら持ってないぞ」
「なんとなくじゃ。なんとなく」
 人を食った返答に男は黙り込んだ。


371 名前:3/6 ◆ohRoMAnyXY :2006/09/10(日) 13:29:20.23 ID:PS0sE2xd0
「じゃ、次はワシが聞く番ということで。何故追われていたんじゃ」
 男は弱冠の躊躇いを見せながらも、一呼吸置いて答えた。
「暗殺未遂さ」
「暗殺未遂。また豪胆なことをやったもんじゃのう。して誰を」
「あの暴虐な王さんだよ」
 と、苦々しげに答えた。
「何故狙った」
「あいつのせいでみんな大変だからな」
 紫煙をくゆらせつつ、老人はなお聞く。
「ほう、そんなに酷いかね。その王様は」
「ああ、酷いもんさ」
 男は立ち上がる。
「俺達、下々の者どもをまるで人とも思っちゃいない。そんな奴は王たる資格はない。だから殺そうとしたんだ」
 気炎を吐く男に対し、老人は静かに言った。
「気概は買うが、手法が間違っとる。殺したところで無駄なことじゃよ」

 男は憤慨し、老人に詰め寄った。
「俺のやろうとしたことの何が違うっていうんだい、爺さん」
 煙を吹かしつつ、言う。
「なるほど、今の王は王たるに相応しくない。じゃあどうするか。じゃあ殺そう。これでは余りに短絡的過ぎると思わんかね」
 老人の話は続く。
「そいつを殺したところで、また同じようなのが王になって終わりじゃ。何も変わらんよ、暗殺ではな」
 自分の愚考を指摘され余計に腹立たしくなり、
「じゃあどうしろというんだ」
 と男はなお詰め寄る。

「そもそも、王ってなんじゃと思う」
 予想外の言葉に、少々面食らったが思案してみた。
 返答できない。今まで考えたことも無かったからだ。
「王とは……」


372 名前:4/6 ◆ohRoMAnyXY :2006/09/10(日) 13:30:18.95 ID:PS0sE2xd0
 一呼吸おいた。
「王徳、王憲、王法、王沢、王土、王化、の六王素をなしえる者のことじゃ」
 そうは言われたものの男はさっぱり解らないといった様子だ。
「即ち、徳と自らの掟を持ち、法と恵みをもって領地を良くするという業を行うこと。それを王道と言い、王道を成し遂げる者のことを王と呼ぶのじゃ」
 と老人は語り自分の弁に対して満足げに頷いた。

何度も何度も老人の言を反復しようやく理解するに達した。
「王がどういうものかというのは解ったが、それが俺のやり方とどう関係があるんだ」
「大有りじゃて」
 老人は言葉を紡ぐ。
「殺しても、また同じようなのが王になる。これでは意味が無いと先ほど言ったな。つまり次の王が王たるものじゃないと意味が無い。
そこから考えるに、お前さんが本当に国を良くしたいなら今やるべきは、または次になるべきは一体なんじゃと思う」
 そこまで聞き終えたところで、男は長考を始めた。目を瞑り、心を静め、募る思いと思考を戦わせた。
「まぁ、ゆっくり考えるがええ。わしゃ晩飯の用意でもしとるでのう」

 食後、男は家の外に出た。手頃な切り株に腰掛け目を瞑る。
(要は、王に相応しい者がいないということが問題なのだろう。ならば相応しい奴を見つければいい……のか。
どうやって見つけるんだ。俺にそんな能はないし、本当にいるのかも解らん)
 思案は続く。
 (いるかいないのか解らんような者を求めるのは無駄だな。では作るか、王を。誰かを王として育てるか。誰がいい……)
 まだまだ続きそうだ。
一服を楽しみつつ、老人もまた考えていた。
(なかなかおもしろそうな小僧ゆえ、焚きつけてはみたが……。思いの他阿呆のようだ。私が殆ど答えを言っているようなものを)
 歯がゆい。
いっそ答えを言ってやりたい。
(しかし、ここで自力で答えを出すか出さないかで今後の奴の求心力が大きく違ってくるからな……)
 待つ。
それが最良の手だ。
世が明けようとしている
 夜の間、男は帰ってこなかった。


373 名前:5/6 ◆ohRoMAnyXY :2006/09/10(日) 13:31:11.00 ID:PS0sE2xd0
(さて、もう行ってしまったのか)
 結局は下賎の身かと諦めていたその時、男が入ってきた。
「おう、爺さん。おはよう」
その顔は昨日最後に見た陰鬱そうな顔とは打って変わって、晴れ晴れとしている。
「おうまだおったか。で、答えは出たんかい」
「ああ。出たよ」
「して、その答えは」
 と老人は回答を促した。
男は言った。
「次に王になる奴がいない。かといっって相応しい奴を探し出すのも、育てるのも面倒だ。よって俺が王なればいい」
老人はにやりと笑い次の言葉を待つ。
「俺は王を殺そうというほどの気概の持ち主だ。王になるのも不可能ではないんじゃないか」
 聞き終えた老人は、
「お主が自力で導き出した答えだ。それでいいじゃろう」
と言った。
「で、行くかね」
「ああ。王になる方法、若しくは俺を王に出来る奴を探しに行く」
それを聞くと老人は出かける用意を始めた。
「そこまで送っていってやろう」

 森を抜け、道が見える場所にに出た。
 幸い追手らしきものは見当たらない。
「世話になった」
 男が深々とお辞儀をした。
「なあにワシも久々に若いもんに説教垂れることができて楽しかったわい。で、これから何処へ」
「東に向おうと思う」
「何ゆえ」
「なんとなく」
とにやりと笑って答えた。
老人はさも愉快そうに東の空を見つめる。もうすぐ夜明けだ。


374 名前:6/6 ◆ohRoMAnyXY :2006/09/10(日) 13:32:01.82 ID:PS0sE2xd0
「安全な道を知らないか」
「王者に外無しというてな。王は全てを我が家にする。故に王に外は存在しないということじゃ。
未来の王が今から自分の家をびくびく歩いてどうする」
今度は男が笑みを湛え、東の空を見上げた。明るさが徐々に増してくる。
「それもそうだな。んじゃ行くわ」
「おお、行け」

道のど真ん中を堂々と闊歩していく。
その心中はすでに、王としての道を歩み始めた者としての自覚に溢れている。
向う先に日の出がある。実に縁起がいい。こんな出立はいいものだ。
そんな感覚も王として相応しいもののように男は感じていた。


(さて、中々面白い男だった。がしかし危うくもある。論理が飛躍しすぎたのも頂けない。
まさか自分から王になるとまで言い切るとは……。大成するかもしれん。ただ問題は大成の仕方だ。
王道にはまればよし。若しくは……)
「覇道か」
 と老人は、一人呟いた。
(王覇は表裏一体。その根底にあるものは大して変わりはしない。違いは徳と自らへの掟のみ。
果たしてあの男がこの先、徳と掟を得られるものだろうか)
 なんにせよ、男の道は始まったばかりだ。
「王道覇道云々の前に、くたばる可能性のほうが大いに高い。お手並み拝見といこうか」
踵を返したその方に、暗く人気の無い森が広がっている。
「表裏一体、王道覇道。ひょひょひょひょひょ」
一人森の中へ消えていった。




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