antic―king
◆Cj7Rj1d.D6




328 名前:antic―king ◆Cj7Rj1d.D6 :2006/09/10(日) 10:12:40.78 ID:TEwlbAQoO
街の郊外にある僕の屋敷に、王様からの使者が来たのは、昨日のことだった。使者は、街で治安に関
わる問題が起きている。だから、それを解決してほしい、という王様からの依頼を、僕に伝えた。報
酬はでるのかと僕が聞くと、使者は、望むだけ、と答えたので依頼を受けることにした。



今、僕はアターシャと城下を歩いている。この道の真っ直ぐ先に、城が見える。両端には店が城の目
の前までずっと並んでいて、賑やかだ。ここがこの町のメインストリートだと、一目でわかる。歩い
ていると、人だかりができている箇所が目に入った。僕は背伸びをして人だかりの後ろから覗き込む。
見ると、そこには一人の道化師がパントマイムをしていた。僕はその道化師に話かける。
「ダジャレですか?王様。」




城では、僕とアターシャのために、食事がもてなされた。長い長いテーブルのある部屋での食事。席
には僕らと王様しかいない。王様が話をきりだす。
「しかし、よくわかったねぇ。あれが私だと。ピエロのメイクもして完璧だと思ったんだが」
僕はパンを頬張りながら答える。
「王様は昔からダジャレ好きで謎かけ好きですからね。ま、勘が働いたってだけですよ。」



329 名前:antic―king ◆Cj7Rj1d.D6 :2006/09/10(日) 10:15:02.18 ID:TEwlbAQoO
「まーた、そんなこと言って。ほんとは隣の《神の怒子》のおかげなのだろ?」
僕の隣の、赤いズキンと赤いマントで身を隠した女の子。《神の怒子》――アターシャは、ずっと天
井を見ながら「ワントゥスリフォファイブシックスセブエイト」と言う言葉を繰り返している。僕は
王様に聞いた。
「王様、アターシャの《食料》は城にまだありますか」
王様は首を縦にふった。首からかけてある、真っ白な、王家の紋章が刻まれた白石が、揺れている。
「ある。君が昔、活躍してくれたおかげで地下にたんまり凍らしてあるよ。どうやら初期症状がでは
じめてるね」
「はい。実は《食料》がちょうど切れてしまって」
「ふむ。では、事件を解決したならいくらでもやろう」
「ありがとうございます。依頼というと、もちろんだと思いますが、夜の治安ですか?」
「うむ、そうだ。最近夜に城下で殺人事件があってね。しかも連続殺人で、ここ数日立て続けに起こ
っている。凶悪事件なんかここ数年なかったからどうしていいのか」
「民には?」
「知らせてない。死体は内密に処理して、その家族にも口止をしている」
「そうですか」
「今晩中になんとかならんかね」



330 名前:antic―king ◆Cj7Rj1d.D6 :2006/09/10(日) 10:16:04.39 ID:TEwlbAQoO
僕はアターシャを仰ぎ見る。彼女は数数えに夢中だ。僕は王様の問いかけに答える。
「ま、なんとかなるでしょ」



僕とアターシャは夜の城下を歩いていた。寝静まった城下。辺りには誰もいなく、二人っきりだ。バ
ックライトの月が、二人の陰を引き延ばしている。僕は歩みを止め、アターシャに囁いた。
「さあ、アターシャ。始めようか」
僕の言葉に従って、アターシャは静かに瞳を閉じ、犯人を探す。《神の怒子》――先天的なサブァン
症候群を持つ彼女は、異常なほどに第六感が働く。それは、言い変えれば、超能力、だ。そしてそれ
が指し示すのは、いつも決まって、血がある場所だ。真新しいこの国は、何年か前までは、治安が悪
かった。そのとき、いつも決まって殺人現場にいたのがアターシャだった。彼女は孤児だった。彼女
の能力に気付いた僕は、すぐに彼女を引き取り、里親になった。

アターシャが、瞳を開ける。すぐさま、彼女は走り出した。僕も彼女の背中を追って走った。



彼女の目的地には、一人の男がいた。そいつは僕らに気づくと、愛想をふりまいて寄ってきた。
「いやぁー、旦那。今日はいい満月がでてますねえ」
僕はそいつに答える。



331 名前:antic―king ◆Cj7Rj1d.D6 :2006/09/10(日) 10:17:08.66 ID:TEwlbAQoO
「そうだね。こんな夜は、狼になっちゃいそうかい?」
男の口が斜めに吊りあがる。
「旦那ぁ、悪いが死んで貰いますぜぃ」
そう言って、男はナイフを取り出した。男の背後では、若い女が血の池の中で寝ている。
「お前はなぜ、人を殺す?」
「……わかんねえなあ。わかんねえけど、なんだか愉快な気分になるんですよ、旦那。」
「そうか。だったら気が合うかもな」
「へ?」
僕は、背中に隠し持っていたサーベルを抜き、男に素早く詰め寄る。

同時に

サーベルをふる

男の腕が

くるくると

闇に舞った

「ぎややゃゃゃやややゃゃやゃ」
男の叫び声。僕は落ちた腕を拾い上げ、それを涎を垂らしながらみていたアターシャに投げて渡す。
アターシャの《食料》――人間。至上のカニバリズム。それが彼女。アターシャはその食事を一定期
間しないでいると、パニック障害を起こす。それの初期段階が数数えだ。僕がアターシャと初めて会
ったときと同じように、アターシャは美味しそうに腕を食した。
「だ、旦那ぁ、あ、あ、あん……た?」
男の目が、一点に集中する。僕の首からかけてある、真っ黒な、王家の紋章が刻まれた黒石に。
王である証の物に。



332 名前:antic―king ◆Cj7Rj1d.D6 :2006/09/10(日) 10:20:20.85 ID:TEwlbAQoO
「この国にはねえ。王は二人いるんだよ」
僕は惚けながら腕を押さえている男の首を、サーベルで、身体と切り離した……――

――……「ありがとう。夜の王よ」
「やめて下さい。その言い方」
「言いではないか。今のこの国の平和があるのはお前のおかげなのだから」
「昔話はやめましょう。それより、アターシャの《食料》」
「おお、そうだった。いくらでも持っていきなさい。と言っても昔、君が殺した悪人どもだが」
「なくなりませんかね」
「それはないな。と言うか、そこは君が一番よくわかっているだろう」
「ははは、そうですね」
「ん?まだ、王家の証をつけているのか」
「はい、一応」
「よいよい、隠居していようが、この国の夜は君のものだ」

昔、この国は治安が悪かった。そのとき、騎士だった僕とアターシャは率先して現場に向かい、犯人
を殺しまくった。その勲章として、僕はこの国の「夜の王」に命ぜられた。さしずめ、アターシャは
夜の王妃、か。もう、この国は平和になって、僕らなんか必要ないと思ってたんだけどな。僕らは屋
敷に向かう帰り道を歩きながら、会話をする。
「シチューにする?」
ブンブン
「じゃあ炒める?」
ブンブン
「……また生か」
コクリ
「腹壊すなよ」
ニコッ
《完》




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