とあるお城の婿探し
◆InwGZIAUcs




309 名前:とあるお城の婿探し1/6 ◆InwGZIAUcs :2006/09/10(日) 07:23:20.57 ID:IrRskX1g0
『王女ミスト様の18歳の誕生日、婿君を選別する武闘会を行う。腕に覚えのある若者の参加を待ち望む。
尚、武闘会は一週間後の午前にシーオーグ城で行うものとする』

 小寒い風が吹く季節の昼下がり。だが、街は今熱気に包まれている。
 婿募集の立て札が張り出されたシーオーグ城の城下町では、
どこから沸いたのか分らないほどの人達でごった返していた。
いつもより武装した兵が多いのはもちろんのこと、これほど格好な商売場所はないと踏んだ商人達の露店も見受けられる。
 さらに街では、ミスト王女は絶世の美女であると噂されており、『美女! 王女ミスト様の自画像!』
と書いてある看板も掲げられていたりする。滅多に人前にでる機会のない王女の自画像がどうして描けるのかは謎だ。
 そんな街を、王女側近兵士アレスは城内の窓から見下ろしていた。
「どうしたものか……」
 アレスは一週間後の大仕事に悩んでいるのではなく、もっと根本的な事に頭を痛めていた。
(ああ、このままでは姫様が結婚してしまう!) 
 アレスは恋心から来る胸の痛みを抑えながら王女の部屋へと向かう。もちろん用事は、
「武闘会という方法で婿を決めてしまっても良いのですか?」
と訪ねることである。
(しかし、俺は王に忠誠を誓った一兵士……)
 王女の、豪華絢爛煌びやかな装飾が施された部屋の前に、彼は立ち尽くした。
(いっそのこと兵士を辞めて婿に志願するか?) 
 などと扉の前で考え事をしていた事が不運であった。
 アレスは、バンッ! と勢いよく開いた扉に額を打ちつけ倒れてしまう。
「あれ? アレス? こんな所に突っ立ってたら危ないよ?」
 そこには目を丸くした美少女が立っていた。そう、噂による美女というよりは可愛いという言葉がしっくり来る。
しかし、あと十年もすればその噂も真実とする美女へとなるだろう。
 アレスは額をさすり涙目になりながらも、姿勢を正して王女ミストに問いかけた。
「ひ、姫様……どちらに行かれます?」
 ミストは、長い亜麻色の髪を上に束ねていた。服装もジャージにTシャツといった軽装で、
いかにも運動着といった服装だ。
「訓練所よ! 一週間たっぷり特訓しないとねー」
「あ、あの……」


310 名前:2/6 :2006/09/10(日) 07:23:51.71 ID:IrRskX1g0
「じゃね!」
 ウインク一つ、彼女は風のように去っていってしまった。


――五時間後、訓練所から戻ったミストの話を聞いたアレスは、自室で肩を落とし唸っていた。
「あのおてんば姫は……」
 ミストによればこうである。
 武闘会優勝者が婿になるのは異存なく、素敵な人であることを祈っているそうだ。
アレス的にはこれで十分すぎる悩みの種だが、問題はここからである。彼女は優勝者と自ら戦い、
見事自分を負かした人こそ真の優勝者として認めると言い張った。
(だからといって……危険な目に遭わなければいいんだけど)
 彼女が剣の達人であることは既に城内に知れ渡っている。勇猛で名を轟かせている兵長、
アレスにとっては上司にあたる人ですら、彼女に負かされていた。かというアレスも赤子を捻るように負かされているが、
それはまた別の理由からでもあった。余談ではあるが、兵長はその後三日ほど部屋に引きこもってしまったという……。
 彼女曰く「自分より弱い男は好きになれないし王として頼りない」とのことである。一応は武人であるアレスも、
女王に剣で勝てない王などの下で働きたくはないという気持ちはあった。
(しかし、姫様は自分より強い人を好きになるのか……。)
 何よりもまず最低条件を満たさなければならないという一心と、悩んでいても何も始まらない現実から、
アレスはただひたすら剣を振るう一週間を過ごす事にした。


 一週間という時間は、体が大きくなると共に早くなっていく。しかし、武闘会が開催されるまでの一週間は、
手足の伸びきったアレスにとってさらに早いものであった。
 そんな武闘会も終幕を迎えようとしている。
 今行われているのは決勝戦。というのも今日で開催されてから三日目である。
 城内にある室内競技場には王女はもちろん、王様もその試合を見学されていた。そして、
その競技場の中心では木剣を構えた男が二人、間合いを詰めあっている。見比べてみると、
片方は体格のよい厳つい顔をした男、片方は中肉長背ニコニコ顔の男で、かなりの体格差があるように思われた。
 アレスは冷静に戦況を分析する。
(目の細いニコニコ顔が有利かな?)


311 名前:3/6 :2006/09/10(日) 07:24:23.20 ID:IrRskX1g0
 厳つい男は、まだ一度も剣を交えていないのに切っ先は震え、額は汗を滲ませている。
さらに後ろに偏った重心ではあり素早く動けるとはとても思えない。それに対しニコニコ男は、
その表情を常として余裕の構えであった。
 目には見えない競り合いがしばらく続く中、競技場は静寂に包まれていた。
 やがて、ニコニコ男の切っ先が揺れ、厳つい男が突進する。
 勝負は一瞬。
 乾いた木剣の落ちる音に続いて、厳つい男の巨体が石畳に沈んでいった。
「それまでっ!」
 審判の声に続いて湧き上がる拍手喝采、手を振る愛想のいい男。
(ああ姫様、もうどうにもならないのでしょうか……)
 歓声の中、アレスは一人、涙を堪えての拍手を送った。


「さあ、レイ婿候補には最後の難関、ミスト王女自らと試合をしていただきます! 
尚、この試合に勝利いたしますと真の優勝者、つまりは正式な婿様として決定されます。
しかし、ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが王女は剣の達人、油断はできません! 
最後の一戦頑張っていきましょう!」
 ニコニコ顔の男レイ婿候補にアナウンスの激励が入り、さらに歓声が集まる中、アレスはミストの勝利を渇望していた。
(これで決まるのか……姫様、頑張って下さい!)
 姿を現したミストは、一週間前に見たジャージ姿とは違う服を着ていた。上は白の長袖、
下は紺色ダブダブなスカートのような物をはいている。
 ミスとは競技場の中心にいるレイに向き合い礼をすると、競技に定められた位置まで戻り開始の合図を待った。
 そして、その時は訪れる。
「――始めっ!」
 先程の戦いとは違い、合図が始まると同時にミストは相手の懐へと駆け出していた。
同時に相手は一歩下がりミストが繰り出す剣閃を捌く。ミストの下ろした髪が舞い、
それはまるで舞踏会の男女と錯覚するほど綺麗な剣の舞であった。
が、それも数回の接触で両者の剣は弾かれ間合いも開く。
 息を呑むやり取りに歓声が湧き上がった。
 しかし、次の瞬間には二人共次の手を打ち合っている。


312 名前:4/6 :2006/09/10(日) 07:24:53.68 ID:IrRskX1g0
 アレスの見守る手に力が篭る。
――姫様が有利だ……レイって奴、姫様を侮ってたな。
 アレスの目算通り、ミストは打ち合う度にレイを追い詰めていく。
「やあぁっ!」
 気合一閃! ミストの逆袈裟斬りが唸るが、瞬間的に体を逸らし後退するレイに当たりはせず、
彼の頬を掠める。そして、そのまま後退したレイとミストの間には大きな間合いが生じた。
 その時、レイの頬から血が滲み、零れた。アレスの位置からレイの表情は良く見えなかったが、
彼は笑っているように見えた。そしてレイは静かに剣を握り直す……。
 次の瞬間、レイは先程のミストと同じかそれ以上の速さで間合いを詰めた。一瞬で距離が零となる。
しかし、その剣筋は速く粗く変則的で、ミストは捌くことすらままならない。
彼女は距離を稼ぎ間を置こうとするが、彼はその間に同じく距離を詰める。
 レイはじわじわとミストを追い込んだ。
「きゃっ!」
 ミストの剣が弾かれ宙に舞う。
 剣を見送る暇も与えず、レイはミストの鼻先に切っ先を向けた。
 レイの顔は相変わらず笑ってはいたが、細い目が大きく見開かれている。
ミストは、今までに感じたことのない恐怖、殺気を初めて感じていた。
「そ、それまでっ!」
 呆気に取られていた審判の声がようやく響く。
 しかし、レイは剣を振り上げた。アレスも驚愕の声を上げる。
(なっ!) 
 耳を刺すような悲鳴が会場を支配する。しかし、レイは全く躊躇せずに剣を振り下ろした。
 レイは目を瞑った。……だが剣による一撃は訪れない。
 剣はミストに吸い込まれていくと思われたが、一本の剣がレイの剣を阻んでいた。
 剣を割り込ませたはアレス。彼はそのままレイを蹴り飛ばした。
「姫様! 大丈夫ですか?」
「う、うん……」
 アレスは、ミストを抱きかかえると後ろで控えていた兵士達に彼女の身を預けた。
 その間に国王の声が響き渡っている。
「今だ! この怒れた男を取り押さえろ!」


313 名前:5/6 :2006/09/10(日) 07:25:45.42 ID:IrRskX1g0
 その声に反応した数人の兵がレイに駆け寄るが、数をものともしない彼に一蹴され、全員綺麗に叩き伏せられていた。
 レイはそのままアレスへと足を傾ける。
「よくも蹴ったね、殺すよ……」
 眼を血ばらせたレイはアレスの前に立ちはだかった。
 レイの手には、先程叩き伏せた兵士から奪った、生身の剣が握られている。
「俺もお前はゆるさない」
(姫様を殺そうとした……)
 アレスもレイも、内情とは反対に剣を静かに構えた。それに呼応するが如く場内も静まりかえる。
 バンッ! という地面を蹴る音と共に、レイはアレスに神速な突きを放った。体を左へと逸らし、
その突きをやり過ごしたアレスは、そのまま回転しながらレイの横腹へと剣を潜り込ませた。
しかし、その一撃は紙一重でレイの剣に阻まれてしまう。その時、その衝撃と反動で二人の間に間合いが生まれた。
 それでもアレスは間髪いれずに動いている。レイの体勢は先程の衝撃により、整っていない。
(怒りが逆に体を冷静にさせる。奴の、レイの動きも緩慢に見えるほど――)
 レイが反応し構えるよりも速く、アレスの剣はレイの両手に閃光を走らせる。
 手から流れる朱と悲痛な叫び……レイの手から剣がずれ落ちた。
――斯くして、レイは取り押さえられることとなる。


 武闘会も終わり、結局うやむやにされた婿選びに一つの結末が訪れようとしていた。
 呼吸を落ち着かせ、身なりを整える。アレスは胸打つ心臓を押さえ込み、両頬を叩いた。
 そう、今彼は王女の部屋の前に立っていた。
(よし! あ、開けるぞ。じゃない。まずはノックしないと――)
 そこまで考えて思考は吹き飛んだ。
 バンッ! と勢いよく開いた扉に額を打ちつけ倒れてしまったのが原因である。
「あれ? アレス? またそんな所に立ってたの?」
 しかしアレスは痛みなど感じる暇はなく、一瞬で復活するや否やミストの手を取り跪いた。
「姫様。俺はもう兵士を辞め、姫様の一婿候補として参りました! 国王様の許可も頂き、
あとは姫様のご意思を残すところとなります。どうか、姫様の心中をお聞かせください」
 目をぱちくりさせるミスト。跪き、運命の時を待つアレス。


314 名前:6/6 :2006/09/10(日) 07:26:16.21 ID:IrRskX1g0
 この時の間がアレスには千秋の如く感じられた。
「アレス……頭を上げて」
 アレスはゆっくりと頭を上げミストを見つめた。ミストの顔は少し上気し、瞳も潤ませているように彼には見えた。
 そして、ミストの首がゆっくりと縦に振られる。
「で、では!」
(やったあ! 結婚だ!)
「ダーメ!」
「……へ?」
 笑顔で放たれたミストの言葉にアレスは凍りついた。体勢、表情、あいた口、全てが固まり動かない。
 それを見て彼女はクスクスと笑っている。
「とても強いのに私より弱い振りをしていた罰です。
……その代わり私に手取り足取り剣術を教えてくれるのなら考え直してもいいかな〜」
 瞬時に解凍されたアレスが声を荒げる。
「も、もちろん! それは是非とも!」
 ミストは廊下を歩き出した。その後をアレスはついていく。
「でも、王になる為の教養は凄い大変なんだからね、絶対音を上げちゃだめだよ!」
「大丈夫です! 愛の力で乗り切りますとも!」
「……バカ」


 その後アレスとミストがどうなったかはまた別のお話。しかし十年後、
天下無双の強さを持つ王と、強さと美しさを兼ね備えた女王が治めるシーオーグ城の名は、
辺境の国々にまで伝わったという。

(終わり)




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