無題/王
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196 名前:「王」1/2 :2006/09/09(土) 23:37:07.86 ID:otvP2O7G0
とりあえず子供の頃の記憶といえば、

「お前は次の王になるためだけに生まれてきたのだ」

と父に言われ続けたことぐらいしか記憶に無い。
父は温和で博識で力も強かった。いつも私の力になってくれた。
だが、この言葉を吐くときの父の顔には何も無かった。感情や私への想いも。私にはそう見えた。

だから私は王になるために勉学に励み、体を鍛え、王にふさわしい人間になるための努力をしてきたつもりだ。
他の誰よりも努力をしてきたと思う。私の同級生が遊んでいるときも、皆が寝静まった後も。
ただひたすらに王になるために邁進し続けた。
辛いと思ったことは一度も無い。私にとって、努力とは生きることと同じだったから。
「王になる」それだけが私の目標であり、私の生きる目的であり、私の存在理由だったからだ。
まわりの私に対する評価などはどうでもよかった。王になれればそれでよかった。
そして私は社会的にも認められ、地位も名誉もそれなりに得た。
次期王の最有力候補とまで言われたこともあったし、老若男女問わず、私に近づいてきた人間は数多くいた。

私は嬉しかった。これまでの努力は無駄ではなかった、とそう思っていた。
やっと私の目標は成就する、とそう思っていた。

だが私は王にはなれなかった。何か大きなものを失ったことを実感した。

父は怒らなかった。
翌日、父は自殺した。
父の死に顔は何も無かった。あの言葉を吐くときと同じ顔。


198 名前:「王」2/2 :2006/09/09(土) 23:38:20.74 ID:otvP2O7G0
私には何も残らなかった。私に近づいてきた人間も全て去って行った。
父は死に、母は私が幼い頃に死んだと、私の父が言っていた。私の家族ももういない。
もはや私が生きている意味は無くなった。
何度も自殺しようと考えた。目標を失ったから。
誰かに殺されても良かった。生きる目的も失ったから。
いつ死んでも構わなかった。存在理由さえも失ったから。
しかし私は生きることにした。
私の子供を王にするために。
父の願いを叶えるために。
私の唯一の目標を、生きる目的を、存在理由を無くさないために。

時が経ち、私は子供を授かった。幸いにも男の子だった。
その数日後、私の妻は死んだ。私が殺した。私の息子に対する教育の邪魔になると思ったから。

私の父は王ではなかった。地位も名誉もそれなりにあったのだが。
何故私の親は私を王にしたかったのだろうか?
それは私には分からない。

そして私は、私の子供に言い続けるだろう。
父が私に吐き続けたあの言葉を。父と同じような、感情や息子への想いなど、何も無いような顔で。

「お前は次の王になるためだけに生まれてきたのだ」

と。


以上




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