王たる資質
◆aDTWOZfD3M




205 名前:品評会作品『王たる資質』1/2 ◆aDTWOZfD3M :2006/09/09(土) 23:43:08.20 ID:vxX71nMr0
 愉快だ! 愉快だ!
 全くこれほど愉快な話は、かのローマやアテネの喜劇にだってないだろう。
右手の皮袋には銀貨が三十枚。その上、あの口うるさいイエスの野郎は十字架
行きだ。
 ああ、あんな所にオリーブの木があった。ここまで来れば、他の弟子どもも
追っては来るまい。あの下で少し休むとしよう。
 やれやれ、人心地付いた。
 それにしても、あのローマ兵の奴、何が「ユダヤ人の王様万歳!」だ。冗談
にしても気に入らない。はっきり言って、あんな奴が俺たちユダヤの民の王だ
なんて、考えただけで虫酸が走る。
 あんな奴に比べれば、あのヘロデや祭司長達の方が、まだましだ。少なくと
も、あいつらは功績があれば取り立ててくれるし、逆らわなければ平安を恵ん
でくれるし、なにより金銭の効用を知っている。
 だが、イエスの野郎は、いつもいつも綺麗事を並べ立てるばかりで、どんな
に尽くしても褒美なんて一欠片もくれやしないのだ。ヤコブとヨハネが、「天
国であなたの隣に座らせてください」と言った時でさえ、それを許す事すらし
なかった。人というものは、金や名誉でつらなければ思い通りにあやつる事は
できない。それなのに、奴は「汝の隣人を愛せ」だの、「敵のために祈れ」だ
の、人の性質って物を無視した事ばかり言っていやがった。
 そうなのだ、最初の内は、俺もあいつに期待していた。あいつこそが、我々
の希望の星だと思っていた。あいつこそが、ローマ人をカナンの地から追い払
い、ユダヤの民に栄光をもたらす、王の中の王だと思っていた。だのに、あい
つはローマ人を非難する事もせず、祭司や律法学者達に暴言を吐くばかりだっ
た。全く、期待はずれも良いところだ。


206 名前:品評会作品『王たる資質』2/2 ◆aDTWOZfD3M :2006/09/09(土) 23:44:01.35 ID:vxX71nMr0
 それでも、たまに褒めてくれたりすれば、まだやる気も出るってもんだが、
俺がどれだけ会計に気を遣い、節約に励んで奉仕しても、褒めるどころか俺の
仕事をむげにするような散財をしてくれやがった。あれでは、忠誠の抱きよう
も無い。人の心をつかむことができず、またつかむ気も無いような奴は、王た
る資格はありはしないのだ。そうだとも、だから、俺が奴を売った事も、神の
御心にかなうはずさ。俺が気に病むこともあるまい。
 気に病む?
 なぜそんな事を考えたんだ?俺はさっきまで、本当に愉快な気持ちだったは
ずだ。これから故郷のイスカリオテに帰って、新たな商売の一つも始めようか
と、幸せな未来を思い描いていたはずだ。
 それなのに、なんで今こんなに悲しい気持ちなのだろう。
 どうして、涙が止まらないのだろう。
 なぜなのだろう。神よ、お教え下さい。私のしたことは、正しかったのです
か? 王の中の王たるお方、どうかお答えください。どうか……




BACK−無題/王 ID:otvP2O7G0  | INDEXへ  |  NEXT−無題/王 ◆iU3AsNaKpM