二代目として
◆qygXFPFdvk




70 名前:二代目として(1/4) ◆qygXFPFdvk :2006/09/09(土) 17:06:46.19 ID:bMGsJVQ00
「で、貴様らは俺にストリーキングしろと言いたい訳だな?」
 赤を基調とした調度の並ぶ大理石張りの広間。俺は、一段高いところに据え付けられた椅子から
段下の商人たちへ声をかける。
「い、いえ! 決してその様な……」
「もういい。その馬鹿には見えぬという服を持って立ち去れ。さもなくば……」
 掛台の剣に手を掛ける。二人の商人は今まで服を握っていたかの様に振舞っていた素振りを止め、
一目散に広間を出て行った。

「馬鹿殿で通ってる俺のところに、馬鹿には見えぬ服を持ってくるとは。対処に困るよな」
 素知らぬ顔で傍に立っていた家臣に語りかける。彼は
「主上がきちんとなさらぬ故、あのような商人共が付け上がるのです」
 と、冷たく俺をあしらった。そして
「前王――お父上のように万人に信頼され、尊敬される王にお成りください」
 と小言を付け加えるのも忘れない。

 俺は十六才で親父の仕事を継いだ。狭いが、そこそこ地力のあるこの国を治めるようになって五
年目になる。親父が名君だったもんで国は平穏安泰。俺が治めている間、秋の実りも対外交渉も、
困ったことは何一つない。王としての仕事がないことが唯一の悩みだ。
 親父は一代でこの地の覇権を得た。もともとこの地は西方の皇帝の領地であったが、蛮族による
侵攻が続き、土地も農民も磨り減っていた。年中構わず押し寄せてくる蛮族に構っていては、農業
もままならない。年々蓄えは減り、皇帝からも見捨てられるようになっていた。
 ある年の冬、親父が農民たちの前に立ち、彼らを蜂起させ蛮族と真っ向戦った。蜂起した農民は
強かった。戦いは農閑期のうちに決着がつき、翌春からは再び農作につくことが出来たわけだ。こ
の蜂起を指揮した功績を称えられ、親父は担ぎ上げられるようにしてこの土地を治めることになっ
た。皇帝からも“東方征伐将軍”という肩書きを賜り、蛮族へ睨みを利かせる役目を預かった。
 そんな親父がポックリ逝ったのが四年前。一人息子の俺が二代目征伐将軍の任を押し付けられた。
“二代目暗君”の例に漏れず、家臣の頭を悩ませ、農民たちのいい笑い種となる馬鹿殿ぶりを披露
している。


71 名前:二代目として(2/4) ◆qygXFPFdvk :2006/09/09(土) 17:07:16.53 ID:bMGsJVQ00
 災害や蛮族からの侵攻がなければ、普段は何もすることがない。親父は農業にも精通していたが、
俺には何の知識もない。一度、鷹狩の途中に出会った農民に手伝おうか、と尋ねた事がある。その
時は、「若殿様じゃ役に立ちません。お乗りの馬をお貸しください」と一笑に付されてしまった。
 だから、旅の商人や芸人を呼んで珍しい物を見、話を聞いて暇を潰す。先ほどの商人もその流れ
でやってきた。しかし、どこからか「あの国の王は馬鹿で間抜けで……」といった噂が広まったら
しく、ろくでもない詐欺師紛いの奴らが増えてきた。この前は……百万回生き返った猫だったか?

 そんなある日。いつもの様に王座で胡坐をかいていると、一人の行商が広間に案内されてきた。
葡萄色の外套を羽織った老人。脇に小さな壷を抱えている。今回は一体なんだろう? 水を入れ
ればたちどころに酒に変える伝説の壷、つぼ八――?
 老人は段下までヨタヨタと歩いて来て、壷を傍に置き、深々と座礼する。
「主上におかれましては、御機嫌麗しく存じ上げます。御姿、益々御壮健にして……」
「堅苦しい挨拶はよい。面を上げよ。して、見せたいものとは何だ?」
 老人は顔を上げると、壷を前に突き出す。こちらを見上げる眼が妖しい。
「は。主上は蟲毒なるものをご存知ですか?」
「コドク? 知らんな」
「それでは御説明差し上げます。蟲毒とは、持ち主に富と権力をもたらす術でございます」
「ほぉ。それは凄い」
 頬杖を突いたまま、生返事を返す。どうも胡散臭い。
「蟲毒を施すには、この壷に毒蟲、つまり蜘蛛、蠍、蝮等の毒をもった蟲を入れ、密封致します」
「するとどうなる?」
「蟲たちは壷の中で殺し合い、やがて一体の蟲が残ります。それが蟲の王、蟲毒となるのです」
 なんだ、蟲同士を戦わせて一番強い蟲を決めるってか? 下らない。そう思って周りを見渡すと、
家臣たちはなにやら暗い顔をしている。何かまずいことでもあるのか……
「蟲毒の力や壮絶にして絶大。しかし、蟲毒は非常に強い術故、制約も厳しくなります。定期的に
 贄を与えなければならないのです」
「贄?」
「はい。贄です。何でも構いませんが、やはり一番は……人でしょう」
「……定期的に与えなかった場合はどうなる?」
「持ち主が食われます」


72 名前:二代目として(3/4) ◆qygXFPFdvk :2006/09/09(土) 17:07:49.06 ID:bMGsJVQ00
 しばらく老人と睨み合う。その眼には何かの思惑が感じられた。
「そんな危険なもの持ってるわけにはいかんな。途中で捨てることは出来ぬのか?」
「捨てるためには、蟲毒がもたらした富と同等の財を共に捨てなければなりません」
「ははっ! それでは結局、蟲毒は何ももたらさないではないか」
「いいえ、それは蟲毒の正しい使い方では御座いませぬ」
 老人の目がさらに妖しく光る。無意識のうちに、顎が頬杖から外れていた。
「蟲毒の正しい使い方……それは呪うべき相手に送りつけるのです。例えば、蛮族の王に金と共に。
 例えば、皇帝に年貢と共に――」
「ほほう。貴様はこの俺に、この大陸の覇者となれと申す訳か?」
「私は壷をお持ちしただけに御座います。使い方は主上次第かと」
 再び深々と頭を垂れる老人。見せぬ顔にはあの眼が妖しく光っているのだろう。
「うむ、気に入った。頂くとしよう。褒美を持たせる」

 ヨタヨタと広間を出て行く老人の背を見送ると、家臣が寄って来た。
「主上。まさか、本気で蟲毒をお使いになるわけではございませんでしょうな?」
「何? お前はこれ信じてる訳?」
 片手で壷を弄びながら、眉を顰めている家臣に問う。
「蟲毒は単なる伝承では御座いません。実際に効力を持つ強力な術なのです」
「へぇ。じゃあこれ本物なんだ。いい買い物をした」
「主上。どうかお止めください。皇帝への忠を失したと知れれば、この安泰に陰りが差します」
「分かってるよ。俺は帝位を簒奪する様な器じゃないって」
「いいえ。我々は、主上の行く末は東方の小国の王止まりではない、と思っております。しかしな
 がら、蟲毒のようなものをもって覇権を得ては、人民の心は掌握できませぬ――」

 その夜、寝所で壷を眺めていた。月の光に照らされた壷はあの老人の眼と同じく、妖しく光る。
「持ち主に富と権力を。定期的に贄。呪う相手に送りつける……」
 この地にすがり、皇帝への忠を尽くしながら生きる。農民は暗君を笑い、農業をして暮らす。
 皇帝へ蟲毒を送りつけ、玉座を奪って大陸の覇者となる。農民は王都へ移り、豊かに暮らす。
 ――俺にとって、農民にとって、一体どっちが幸せなのだろうか。


73 名前:二代目として(4/4完) ◆qygXFPFdvk :2006/09/09(土) 17:08:19.37 ID:bMGsJVQ00
 次の日、初夏の爽やかな陽気に誘われて宮廷の外に出てみた。田舎の農業国の宮廷である。すぐ
そこは水田だ。長雨の時期を前にして、田植えが始まっていた。散歩がてら見て回るだけのつもり
だったが、身を粉にしながら働く農民たちを見ていると、何かしなければという気持ちになった。

「おぉい、爺たち! 何か手伝えることはないか?」
「これは若殿様! その様な格好で田に入られては、綺麗な衣が勿体のう御座います!」
「なに、汚れたら家臣に洗わせればよい。奴ら、俺に小言を言う以外やることがないのだ」
 笑いながら裾を捲り、ずぶずぶと田を進む。農民たちは困惑しながらも受け入れてくれた。
「さぁ、田植えの仕方を教えてくれ」
 半刻程も屈んで苗を植えていると腰が痛んだ。一日中王座に座っているときの腰の痛さとは違う。
「のう、爺たち。こんな田舎ではなく、王都に住みたいとは思わんか?」
 直角に曲がった腰をさらに曲げながら働く爺は、手を動かしながら答えた。
「わしら爺に都会は合いませぬ。それに王都に住んだら田が遠い」
「ははっ! 王都に住めば、田などいらぬではないか。他のもっと楽な仕事をすればよい」
「若殿様。わしらには農業しかありませぬ。この老いぼれ、他の仕事などどうやってできましょう」
 爺は手を止めることなく、どんどんと苗を植えていく。
「爺。俺が皇帝になる、と言ったらどうする?」
 ぴく、と一瞬腕が止まる。しかし、すぐに何もなかったかのようにまた動き出した。
「勿論、応援致します。この爺も昔取った杵柄、お父上と共に戦ったときの如くお供いたしましょう」
「そうか、応援してくれるか……」
 一通り苗を植え、今日の仕事が終わったところで、頭を下げ続ける爺たちに別れを告げた。そして
その足で急ぎ茂みへと向かい、毒蟲を探す。
 その夜、家臣たちに気付かれぬ様ひっそりと寝所を抜け出した。あの壷を持って。
 炊事場まで行くと捕まえてきた毒蟲を放り込み、アレと一緒に封をした。ぱんぱん、と手を打つ。
「よし、これでいい。これが農民たち、あの爺たちのためになるのならば」

 ――数ヵ月後。稲の収穫後の宴は、暗君から差し入れられたマムシ酒で盛り上がったと言う。無論、
農作業を手伝うようになり、日焼けが肌に馴染んできた彼も一緒に――
 王都が東方へ遷都される前年の話であった。
                 <了>




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