威厳
◆RxKL4Kx1TU




834 名前:品評会作品『威厳』 1/4 ◆RxKL4Kx1TU :2006/09/09(土) 02:35:37.68 ID:8kg8NBbN0
『威厳』

「チェックメイト!」
「えぇ〜、またかよ〜、これで三連敗か……」
三連敗中の男がチェス盤からひとつの駒をつまみあげる。
「ほんっと、キングって逃げるだけで役に立たないよなぁ〜」
そう言って男はつまみあげた駒、「キング」を高く放り上げた。
「いやいや、そんなことねーって。ゲーム終盤はキングをうまく使えるやつほど勝てるしな」
「そうかぁ?チェックかけられたら逃げるしか出来ないし、役に立つとは思えんなぁ」
男は落ちてくる駒をキャッチし、また同じように放り上げる。
「追い詰められても逃げるだけなんて、一体どこが王様なんだか……」
「なんだ、お前知らないのか?キングがなぜチェックかけられたら逃げないといけないか」
男はその話に興味を示したようだった。
「へぇ?なんか云われでもあるのか?」
「もちろん、あるともさ」
三連勝中の男は落ちてくる駒を横取りして、チェス盤にトンと置いた。
「いいか?キングはな?六種類ある駒の中で最も威厳のある駒なんだぜ?なぜなら……」


836 名前:品評会作品『威厳』 2/4 ◆RxKL4Kx1TU :2006/09/09(土) 02:36:09.30 ID:8kg8NBbN0
――中世ヨーロッパでの話だ。ある小国にとても勇敢な王がいた。
その国は王のおかげで小国ながら近隣の大国相手に堂々と渡り合っていた。
王はとても戦争巧者で武術にも長け、その武勇は近隣に並びなしといわれていた。
それに加えて、勇将の下に弱卒無しの言葉どおり王の軍団もとても強かった。
近隣の大国も勇猛な王と王の軍団がいつか攻め込んでくることを恐れたんだろうな。
大国同士で手を組み、王の国を潰しにかかったんだ。
圧倒的な戦力差だったが、王は決して逃げなかった。
戦争は最初こそ優勢に進んだが、やはり戦力差は大きかった。
次第に疲弊した王の軍団は敗走を始めた。しかしそれでも王は逃げなかった。
好機と見た大国の兵たちは一気に王を取り囲んだ。
それでもなかなか王とその側近たちが守る陣を崩せない。
焦り始めた大国の兵たちは後方からの憂いを断つため、急遽軍団を二つに分けその一方を王の本国へと向けた。
それを戦争巧者の王は見逃さなかった。
戦力が分散し隙が出来た包囲網を破り、一角を崩すと敵本陣めがけて最後の突撃を試みた。
この策が見事に当たって敵の総大将を討ち取り戦争は王の軍の勝ちに終わるんだが、
悲劇は凱旋した本国で起こっていた。
戦場から去った敵の別働隊が本国をめちゃくちゃにしていってたんだ。


837 名前:品評会作品『威厳』 3/4 ◆RxKL4Kx1TU :2006/09/09(土) 02:36:42.95 ID:8kg8NBbN0
王は激しく悔いたという。
包囲される前に兵を引いて本国へ戻っていれば、
こうまで好き勝手に荒らさせることはなかったはずだ、と。
それ以来、いままで決して戦場から退かなかった王が態勢不利と見るや否や、
一目散に逃げ帰るようになったという。もちろんそれは本国を守るためだった。
そうした王の姿を近隣の大国の人々は嘲笑った。
「所詮は小国の王。勇ましく見せようとしても結局は腰抜けだ」と。
そして弱腰になった王の国をかさにかかって攻め続けた。
でも、王の国はどんなに攻められても陥落しなかった。
なぜなら、王の国の民たちは戦場から逃げ帰る王の姿を見て、
「我らを守るために自身の名誉にも構わず、戻ってきてくださった」と感涙し、
王にいっそうの忠誠を誓い固く団結したからだった。
王の国はその後数百年にわたって、国土が荒らされると言うことはなかったという。
王は戦場から逃げることによって、国民の厚い信望を得たわけだった。


838 名前:品評会作品『威厳』 4/4 ◆RxKL4Kx1TU :2006/09/09(土) 02:37:22.89 ID:8kg8NBbN0
「へぇ、それがキングが逃げなきゃいけない理由なのかい?」
「いや、それとはまったく関係ないな」
三連敗中の男は大きくため息をついた。
「それじゃ、今の話はなんなんだよ……」
三連勝中の男はチェス盤に置いたキングを取り上げそれを弄りながら、
「まったくの俺の作り話さ」
と悪びれずに言う。
「じゃあ、キングがチェックかけられたら逃げなきゃいけない理由ってのは?」
「それがルールだからさ」
男はついに笑いだした。
「なんだよ、何も知らない俺をからかっただけか」
憮然とした表情で不平を言う男に向かって、
「でも、これで少しは逃げるだけのキングにも威厳があるように見えてきたろ?」
と言って「キング」を差し出した。
「まぁ……、少しはな……」
男は相手からキングをサッと取るとそれをチェス盤に置いた。
「さぁ、もう一度勝負だ!今度は負けないぜ!」
「望むところだ!」
こうして男たちはまたチェスを興じ始めた――。

<了>




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