951 名前:愛1/2 ◆HVzqEIcQBs :2006/09/03(日) 23:15:28.50 ID:esUMaYhU0
「最近、嫁さんの手料理が手抜きになってるんだよな」
定時を過ぎた会社の一室に人の輪が出来ている。
その輪の中心。結婚して一年くらいの男がやけに明るくそう言った。
「俺への愛が足りてないんだよなぁ。ということで今日は飲みだな!」
社内では仲の良いグループゆえか、どんな内容でも話をすればドッと笑いが湧いた。
「たまには遅く帰って俺のありがたさをわかってもらわないとな」
それはもっと愛してもらいたいと思う男の駆け引きだった。
その部屋の隅、一人隠れるように身支度をする男がいた。
人付き合いは少ない。特別に仲の良い友人もいない。その男がボソッと呟く。
「いいじゃねーか」
一人、会社からこっそり逃げるように歩き出した。
誰もいないことを確認するために後ろをチラッと見る。
「俺なんて愛してもらったことねーよ」
大学時代から小学時代へ男は記憶のアルバムを遡っていく。
何度探しても見当たらない、だからそのシーンを妄想する。
頭の中では可愛い同級生に告白されている自分が鮮明に映る。
そしてすぐに空しくなり、愛犬だけが待つ我が家へと向かうのだった。
帰宅し、尻尾を振ってじゃれ付いてきた愛犬を抱える。
「お前だけだよなー」
腕の中から這い出て男の顔を執拗に舐めようとする愛犬を取り押さえながら呟いた。
「無償で俺を愛してくれるのは」
それは誰かに愛されたいと思う男の願いだった。
952 名前:愛2/2 ◆HVzqEIcQBs :2006/09/03(日) 23:16:14.65 ID:esUMaYhU0
猛禽類を思わせる獰猛な目つき。育ちの悪さを容易に窺わせるその所作。
誰も近づこうと思わないくらいの小汚い容姿。
およそ嫌われるであろうと思われる条件を片っ端から満たしていた。
それは人を恐れ、そして人を見下していた犬である。
しかしそれはある夜に、劇的に変わることとなった。
空腹に耐えかねて忍び込んだ家で、食べ物を恵んでもらったことが原因だった。
紙皿に盛られた残飯を用心深く食べ終えたとき、心のどこかで生まれて初めて感じる
不思議なモノが芽生えたのだ。
それ以降、毎晩その家に行きご飯を貰うこととなり、今ではその冴えない男と一緒に
暮らしている。
それは自分が男を愛した結果与えられた安息の場所であった。
男は、自分の愛犬は「無償で自分を愛してくれている」と思っている。
しかしそれは「何の打算も無かった施しが原因」だということに、男は気付かない。
そしてその夜の男のしたことこそが無償の愛だと、男は夢にも思わない。
男は今日も愛されることを待っている。
終