【 混沌のフルコース愛情添え 】
◆tGCLvTU/yA




906 名前:混沌のフルコース愛情添え ◆tGCLvTU/yA :2006/09/03(日) 22:32:54.51 ID:jYXnzv3Z0
 冬の寒さもようやく終わり、春の暖かな陽射しを心地よく感じられるようになってきた三月。
 春の到来には始まりを、花粉の襲来には恐怖を感じつついつも通りの日常を消化していく、はずなのだが。
「さて、これはなんなのか説明してくれ」
 そういって俺は食卓の向かい側に座っている妹に問いただす。
 寝起き早々に俺の目の前に並べられている三つの皿。
 ひとつは皿というよりも茶碗なのだがこれはどうみても白米だ。多分昨日の残りだろう。
 しかし、隣を見れば真っ黒な何かが一番大きな皿に鎮座し、もうひとつ隣は白い液体。
 白米以外はなぜ食卓に並ぶか首を傾げざるを得ないラインナップだった。
「何って、朝ごはんだけど」
 不満そうに口を尖らせる妹。だがどう考えても俺の方が不満だらけだ。
 いや、愚痴を言うのは後だ。まずはっきりさせよう。俺の目の前に置かれている物体は何なのかを。
「いや、朝ごはん……なんだろうな。一応。で、この黒いのは?」
「焼き魚よ」
 これがか。どれだけ焼いたらこんな黒焦げになるんだ。ちなみに原型を全く留めていないため、なんの魚はわからない。
「じゃあ、この白いのは」
「お味噌汁だけど」
 皿に注ぐなよ。頼むからお椀に注いでくれ。それに、確かにうちは白い味噌使ってるけどなんだこの色は。本当に真っ白じゃないか。
「なあ、一応聞くが俺の分だよな」
 これが犬用の朝食なら俺も犬に同情しつつ納得するんだが。でも、犬は食卓で飯を食わない。そして、残念なことにウチに犬はいない。
「当たり前でしょ。私が作ったの」
 見ればわかる。こんなベタベタな失敗料理を作れるのは世界中どこ探してもうちの妹くらいのもんだろう。

908 名前:混沌のフルコース愛情添え ◆tGCLvTU/yA :2006/09/03(日) 22:33:44.64 ID:jYXnzv3Z0
「……味見はしたのか?」
「したよ。美味しかった」
 どうやら、悪いのは料理の腕前だけじゃなかったようだ。これを美味いと言えるその舌を引っこ抜いてやりたい。
「見た目は確かに悪いかもしれないけど、食べてみてよ。それに、料理は愛情って言うでしょ?愛があればどんな料理も美味しいよ。うん」
 妹の作った料理に俺に対する愛が詰まっているかは甚だ疑問ではあるが、どうやらよほど自信があるようだ。
 姿形を見る限りでは、とても自信を持てるような代物ではなさそうなのだが。
「ふむ、そこまで言うなら。どれ……一口」
 手に持ったスプーンで例の白い液体を掬い上げ口に運ぶ。意外なことに匂いは悪くない。
 口に運んでから四秒、五秒、六秒、あれ、なんでだ。喉に入っていかない。
「……どう?」
 どうってお前、消化どころか喉を通過すらしてくれないよ。なんでこんな粘り気があるんだこれ。あ、ようやく喉を通った。
「んぐっ……はぁっ。これ、本当に味噌汁か?喉に詰まる液体なんて初めてだぞ」
 不思議なことに匂いと同様に味はそう悪くはない。美味しくもないのだけど。
「そう?確かに私も噛んで飲んだけど……じゃあ、次は魚食べてみてよ」
 噛んで飲むってなんだよ、という指摘をする間もなく、ささっ妹の手によって黒の物体が俺に近づいてくる。
「まだ食わせる気かよ、ほら震えてきてるぞ俺の右手。箸を持つ手が震えてるぞ、おい」
「料理は愛情!愛があればなんでも美味い!さ、早く食べてよ兄さん」
 まずい、こいつ本気だ。本気でこれを俺に食わせる気だ。どうすればいい。これを食べずに済む方法は何かないのか。
「ま、待て……お腹が痛い」
「は?」
 小学生ですら今時使わない言い訳で逃げ延びようとする必死さが妹に伝われば良いと思う。

909 名前:混沌のフルコース愛情添え ◆tGCLvTU/yA :2006/09/03(日) 22:34:41.04 ID:jYXnzv3Z0
 理解して欲しい。要は食べたくないということだ。心の底から。だが断言できる、妹はそんなもの意に介さない。
「わかった……じゃあ、しょうがないよね」
 妹の言葉に耳を疑った。しょうがないって言った。食べなくてもいいのか。助かるのか、俺。
 妹よ、俺はお前のことを誤解していた。兄の言うことを聞かない暴走機関車だと思っていた。違ったんだな。
 考えてみれば俺に料理を作ってくれたのも、親が旅行で俺がお腹を空かせているのだろうと、そう思ってのことなのかもしれない。
 ありがとう。心の底から愛を持って言える。お兄ちゃんが今日まで生きてこれたのはお前のおかげだよ。心の底からありがとう――
「うーん、やっぱり病人食といえばおかゆよね。わかった。今から作ってあげるからちょっと待っててね」
 ――そして、心の底から撤回をさせて欲しい。数秒前の妹に対する思いの全てを。
「い、いや、いいんじゃないかな……おかゆならインスタントがあるし」
「ダメよ!インスタントなんて愛が籠もってないじゃない!とりあえず準備するからちゃんと待っててね」
 愛。愛ってなんだ。まさか妹の料理で哲学的なことを考えてしまうことになるとは思わなかった。
 妹の台所で必死に奮闘する姿に恐怖を覚えつつ、俺は必死にどこかにあるはずの胃薬を探す。そんな春休み一日目のお昼前。

 ―お終い―



BACK−愛の形 ◆dx10HbTEQg  |  INDEXへ  |  NEXT−無題/愛 ◆1pWiavQuVw