859 名前:【品評会】『残された時間』1/2 ◆oGkAXNvmlU :2006/09/03(日) 22:00:35.45 ID:Qqj/7I2J0
膝を付き、前のめりになった。首は木の板にしっかりと挟まれている。両脇には男がニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて立っていた。
頭上には鈍い光を放つ刃が、私の首を切り落とすべく、男の合図をじっと待っているのだろう。
ギロチン……。『正義の柱』という処刑台。
目の前にはたくさんの聴衆たちが集まっていた。ある者は薄ら笑い、ある者は不安げに。その誰もが私とは目を合わせない。
なぜ私の首が、数秒の後に切り離されなければならないのか。
私の人生とは何だったのか。
私は何がしたかったのか。
それらを考えるにはあまりに時間が無い。
死は誰にでも訪れる。それが早いか遅いか、自分で選ぶのか、他人が選ぶのか、自然が選ぶのか……。
目を閉じよう。生を受けた瞬間と同じく。
ゆっくりと暗く閉じていく視界に妻が映った。
妻は真っ直ぐに私を見つめ続けている。これから死にゆく私を。
私は目を閉じるのをやめ、妻が抱いている息子を見た。
この騒ぎの中でスヤスヤと眠っている。将来は大物になるかもしれない。
残された数秒、私に出来ることがあった。
妻を想い、息子の未来を祈ること。
私は、ままならぬ格好で口を開いた。
「愛している……」
声は思ったより小さく擦れていた。
しかしそんなことはどうでもよかった。妻と息子に届きさえすれば。
いつの間にか溢れ出していた涙と鼻水が煩わしい。
伝えなきゃ……。いま想うこと全て。
「浮気もした、お前の知らない借金もある。悪かった。だけど、本当に愛したのはお前だけだ。ありがとう……。愛している。これからもずっと、ずっと」
言葉が詰まる。上手く口に出来ない。もっと伝えたいことがあった。感謝の言葉も、愛の言葉も。
まだ未来を祈っていない。もし神がいるのなら、もう少しだけ時間を……。
861 名前:【品評会】『残された時間』2/2 ◆oGkAXNvmlU :2006/09/03(日) 22:01:43.51 ID:Qqj/7I2J0
「はい! 首は切れておりません!ご協力ありがとうございましたー。ちょっと怖かったかなー?」
場内に笑いが起きる。妻だけが笑っていない。
いっそ殺してくれ。
終わり