【 無題/病 】
◆u2WlwHjqBw
※投稿締切時間外により投票選考外です。




396 名前:病 1/4  ◆u2WlwHjqBw :2006/08/28(月) 00:11:02.34 ID:5PU/3+W10
私は何の変哲もない一本の木だ。その辺に適当に植わってる木だと思ってもらって差し支えない。
ただ一つ私が一般的な木より幸運だった事を挙げるとするなら、半年前、小学校に植え変えられたことだ。
山奥で動物達に囲まれて暮らすのも悪くはなかったが、やはりこの世界で見ていて面白いのは人間だ。
特に小学校は存在している人間の個性も広い。
小さな遊び盛りの低学年の可愛い子供達や、少しませてきた高学年の微笑ましい子供達。
そして新任からベテランから定年直前まで、幅広い年齢層の先生達。
そんな人々が日々繰り広げる『日常』というドラマを見られるのは本当に面白く、幸せな事だ。
偶に蹴りを入れられたり、彫刻等で落書きを彫られたりするが・・・まぁ、それは子供のいたずらだ、仕方がないこと。
総じて言えば、この場所はとても素晴らしいという事だ。
私はそんな素晴らしい場所で生きれることに感謝しながら、日々人間達を見守っていた。


397 名前:病 2/4  ◆u2WlwHjqBw :2006/08/28(月) 00:12:33.83 ID:5PU/3+W10
そんなある日の事。
いつもの様に教室の中の子供達を見ていると、ある事に気付いた。
マスクをしている子供が多いのだ。良く見てみると人数も少ない、休んでいる子も多いようだ。
もしかしたら風邪が流行っているのかも知れない・・・可哀想に、とても辛そうに咳をしている子もいる。
そんな事を思っていると――――教室に入ってきた一時間目の算数の森田先生が、とんでもない事を言った。

「風邪が流行っていますね。病はきからと言います、皆さんも風邪に負けないよう気をつけて下さい」

病は木から、だと!
私は驚愕した。我々木が病気の原因になるなど、そんな話は聞いたことがない。
いや、確かに花粉症などの原因は我々木の花粉だが、風邪の原因は何か別の微生物のはずだ。
なんと失礼な言い掛かりなのか。驚きが薄れると私は怒りに震えた。しかし私は木なので、その怒りを伝える手段がない。
悶々と森田氏を睨んでいるしかなかった。

しかし、それは悪夢の始まりでしかなかった。

次の時間、社会の柊先生は言った。「病はきからといいます、皆さん風邪なんかに打ち負かしちゃいましょう!」
まさか柊氏まで・・・と思った。
次の時間、体育の大仁多先生は言った。「病はきから、だ。元気良く運動してれば風邪なんてへっちゃらだ!」
そんな馬鹿な・・・と思った。
次の時間、道徳の多村先生は言った。「病はきから。みんな、風邪なんてひくんじゃないよー」
私はもう、愕然とするしかなかった。


398 名前:病 3/4  ◆u2WlwHjqBw :2006/08/28(月) 00:14:25.99 ID:5PU/3+W10
土曜日なので、四時間目で生徒達は帰っていった。数人の先生が残るだけの学校で、私は呆然としていた。
日々人間達の目の潤いになり、人間達を見守り、役に立ってきたつもりだった。
しかし実際は、子供達を苦しめる風邪の元凶になっていたのだという。
信じたくはないが、先生達が四人も揃って悉くそうだと言うのだ。信じるしかない。
私が子供達を苦しめていたなんて・・・ショックだ。とてもショックだ。
と、そこまで考えて気付く。私が風邪の原因ならば。

私はもしかしたら、切り倒されてしまうかも知れない!

その可能性に気付いた時私は余りの驚愕で気を失いかけた。
そんなはずはないと思いたい。しかし、絶対にないとは言い切れない。むしろ、その可能性の方が高いとしか思えない。
私は恐怖と不安と絶望で、目の前が真っ暗になった。
雨が降り出した。強い雨だった。
いつもなら恵みに感じられる雨。しかし今の私には、子供達を苦しめる私への天罰としか思えなかった。
雨は次の日も降り続いた。私を責める様に、いつまでも、いつまでも――――


399 名前:病 4/4  ◆u2WlwHjqBw :2006/08/28(月) 00:16:28.22 ID:5PU/3+W10
そして,一縷の望みをかけた月曜日の一時間目。国語の大山先生。来年で定年を迎える、この学校で一番の古株だ。
彼も同じ事をいうなら、私はもうそれを受け入れようと覚悟を決めていた。
死刑宣告を待つような気持ちでその時を待つ。大山氏が教室に入ってきた。
そして。黒板にデカデカと文字を書きながら言い放つ。

「いいかい、『病は気から』だ。みんな風邪なんかに負けない強い心を持つんだぞ」

私は一瞬呆気にとられたあと――――全てを理解し、安堵すると共に己の勘違いに恥ずかしくなった。
そうさ、木が風邪の原因の訳がないのだ・・・病はきからの『き』は、気持ちの気のことなのだ。
私は切り倒されるなんて事がないことに安心し、悪夢は終わり、気持ちが晴れるの感じた。


しかし、最後の悪夢が残っていた。
土曜から日曜に渡り降り続いた雨。
いつもの私なら適度に水を吸収した後は吸い上げるのを止める。
しかし切り倒されるかも知れないと言う恐怖に我を失っていた私は、無意識にドンドンと水を吸いあげ――――
根腐れを起こし、危険だと判断され、私は切り倒される事になってしまったのだ・・・。
三日後。
轟音を上げて体に食い込むチェーンソーの刃を感じながら、私は思った。
『病は気から』とは、良く言ったものだなぁ、と。



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