【 ナイフ 】
◆X3vAxc9Yu6




357 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/27(日) 23:50:56.12 ID:4G/zp0t/0

試しに手首を切ってみた。
一時間前の私だ。
血の色は思ったより美しくないが、
悪夢で見たときほどはどろどろとしていなかった。
かわりにてらてら光る。
魅入られたみたいに、手首を顔に近づけてみる。
ふっと息を吹きかけても、血はもう固まりかかっているのか案外と動かなくて、
私はつまらない。

なんでこんなことを始めたんだっけな。
そこを言わなきゃ意味分かんないよね。
無駄毛処理のためのカミソリを買い替えたら、顔を洗うたびにやたらそれに目がいくのだ。
彼が鏡の横からキラリキラリと意味ありげにウインクを投げてくるのを、
タオルで顔やその他をぬぐいながらちらちら見る私。
銀色の彼は、なんだかエロいモノに見えた。
ほら、なんかさ。
色気って言うのかな。
新しい刃物って油みたいにこう、ぬらっとしてるでしょう。
俺を使えよ、と言ってるようで。
ずっと見とれてたんだ。
で、さっき、ついにやりたくてたまらなくなって、さ。
ずば。


358 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/27(日) 23:51:50.95 ID:4G/zp0t/0

私、おかしいかな?
ほとんどビョーキ?
まあ、べつにビョーキだって私は少しも困らないけどさ。

傷はもうふさがりかけていて、私は死にそうにない。
期待していたようには出血しなかったし、私はつまらない。
じわり、とあふれてこぼれてきたのは少しだけ感動したけど。
いや、いま現在傷口に起こりつつある変化のほうが面白いか。
既に血は黒く濁り、乾き始めている。
真直ぐ美しく伸びていた切り口は水分を含んでふやけ、微かに歪んでいて、
その間を血液が埋めている。
真っ黒な亀裂を、いのちを守るために、必死で埋めている。
ああ、こいつは生きたいのか。
私は生きたくも死にたくもないのに。
生きたいのか。

私は共感が得られないことへの軽い失望と、途方もなく深い安堵を、同時に感じる。

ふと。
我に返る。
何してんだ、私は。
時計を見て苦笑する。
そして、天井を眺めた。

明日はもう少しまともに生きてみようかと思う、
今の私だ。



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