【 専門家と予防法 】
◆3bIj6X4Wgg




242 名前:専門家と予防法 ◆3bIj6X4Wgg :2006/08/27(日) 15:37:16.28 ID:uFWDGkPu0

流行風邪にご注意ください
 予防法:帰宅後には必ず手洗いうがい、そして口にミカンをできる限り詰め込んでください。
 ミカン詰め込みすぎて無理、死ぬっ! そう思えたらあと一息です。もう一切れ、頑張りましょう。
 苦しい、苦しいでしょう? 当たり前です、というか下手したら死にます。窒息で。
 そうなる前に何とかして飲み込みましょう。
 その際、口からはあらゆるものを吐き出す、または吹きこぼすことは禁止です。鼻から! 鼻から!

 鼻からミカン汁を垂れ流す、僕は流行病の予防をやり終えたところだった。涙目で。
 おかしい、ありえない。そうは思っても背に腹は変えられない。だって受験が迫っていると言うのに、あらゆ
る予防接種その他をしてきた免疫力抜群のこの三年を、学年閉鎖にまで追い込んだ脅威のウィルス、それが
日本全土で猛威を奮っているのだから。だから僕だって、新興宗教じみたことでもやらずにはいられない。

 テレビをつければどこかのチャンネルで
必ず一つはこの流行病の特集を組んでいる。専門家曰く、何十年後かの教科書で必ず
スペイン風邪的な扱いでその名を刻むに違いないらしい。

 それ程の猛威を奮っているにも関わらず死者は極端に少ない。さすがは医療先進国である、だけれど
特効薬のようなものはない。それでも徐々にだが弱点のようなものが解明されてきた。
 それが温州みかんに含まれる特別なシネフィリンらしい。シネフィリンがそのウィルスを殺菌するらしい、専門家曰く。
 シネフィリンに殺菌作用なんかないよ、僕曰く。でも専門家が言うのだからそうなのだろう。

 こうして日本全土の受験生は毎日、鼻からみかん汁を垂れ流しているのだ。
 でもこれに効果があるかは不明で、一種のおまじないに近い、宗教だといっても的外れではないと思っている。


243 名前:専門家と予防法 ◆3bIj6X4Wgg :2006/08/27(日) 15:38:06.31 ID:uFWDGkPu0

 一向に解析が進まないウィルス。
 当たり前だけど、特効薬なんてほぼ絶対的に受験に間に合わないのは確実だった。
 ああ、ちなみにあの予防法ブームは過ぎ去ったようで……
 いや、この言い方はおかしい。むしろ加速した、変異した。こっちのほうがピンとくるだろう。

流行風邪にご注意ください
 予防法:帰宅後には必ず手洗いうがい、トウガラシを二本ほど口に含んだら……はいストップっ!
 噛んではいけません。舐めましょう、飴のように舐めましょう。そして辛いでしょう、当たり前です!
 十分に唾液が溜まるのを待つ間、手持ち無沙汰な右手と左手で一本ずつ、トウガラシを掴みましょう。
 そして突っ込みましょう、どこにって? 鼻に決まっているではありませんかっ!

 ……
 鼻から赤い何かをぶらさげている僕は、流行病の予防の真っ最中だった。涙目で。
 おかしい、ありえない、つうか辛いし痛い。そうは思っても背に腹は変えられない。だって来月には
センター試験が迫っていると言うのに、あらゆる予防接種その他(おまじない含む)をしてきたその
免疫力抜群(おまじない効果含む)の三学年、日本全土にある学校のそれを学年閉鎖に追い込んだ脅威のウィルス。
 それが今もまだ、猛威を奮っているのだから。
 だから僕だって、新興宗教じみたことでもやらずにはいられない。

 テレビをつければ、いつもの専門家が曰く、このウィルスの発生源は
 先々月の流星群に付着していたもので、地球に舞い降りし大魔王に違いないらしい。
 大魔王ではないだろう、僕は思った。
 でも専門家が言うのだから、そうなのだろう。


244 名前:専門家と予防法 ◆3bIj6X4Wgg :2006/08/27(日) 15:39:32.56 ID:uFWDGkPu0
 あれだけの病人を出したにも関わらず、相変わらずに死者は少ない。さすがは医療先進国、到死率は
コンマの後に零がいくつも付く程低い。だが熱が三十九℃にも四十℃にも上がるのだから、受験生にとっての
到死率は八十パーセント越え。時によっては九十パーセントを超えてしまうほど脅威、その恐怖を少しでも払拭
するためなら何だってするのさ。

 トウガラシに含まれるカプサイシンには
 殺菌作用があるから穴という穴にトウガラシを突っ込むことが望ましいらしい、専門家曰く。
 カプサイシンでウィルスなんて殺せないよ、防腐作用がいいところだね。あと食欲増進、僕曰く。
 でも専門家が言うのだから、そうなのだろう。

 こうして日本全土の受験生は毎日、鼻にトウガラシを突っ込んでいるのだ。
 でもこれに効果があるかは不明で一種のおまじないに近い、宗教といっても的外れではないと思っている。

センター試験当日。
 僕はいつものように、鼻にトウガラシを二本突っ込むと、口を大きく開けてミカンを詰め込み、死ぬ!
そう思うと更にもう一歩、頑張っていた。
 僕だけじゃない、日本全土の受験生がやっているのは間違いない。

 この予防法はウィルスが変異し続けるように、それに合わせて加速、今では鼻に突っ込んでいたトウガラシを、
溢れんばかりに飛び出てくるミカン汁で噴出するという、わけの分からない、一種の儀式にまで到達していた。
 ちなみにこの儀式は、トウガラシが何メートル飛ぶだろうかというスポーツに成り変わっておかしくないほどの
勢いで変異、そして布教し、たびたびテレビでも取り上げられていた。



245 名前:専門家と予防法 ◆3bIj6X4Wgg :2006/08/27(日) 15:40:18.98 ID:uFWDGkPu0
 結果から言おう、第一志望に合格した。ウィルスに侵された人達には申し訳ないがそのおかげと言っても
いいだろう、僕は合格した。
 そもそも今、僕が健康でいるのだって、結果論から言えば、毎日の予防の成果なわけだし、風邪をひいた人は
それを怠っていたのだろう。そう考えると、あの専門家にはいくら感謝してもしすぎることはなかった。
 ちなみにその専門家、ウィルスの名前になった。いろいろと研究熱心だったらしく一応だが命名権が
彼にはあったようで、よって自分の名前をつけたらしい。

 十年後。ミカンを詰め込み、トウガラシを鼻に突っ込む奇行が流行った元凶の風邪の元凶として。
 百年後。ミカンを詰め込み、トウガラシを鼻に突っ込む奇行に走る風邪の元凶として。
 専門家のウィルスが、つまり専門家の名前が、教科書に乗ることも知らずに。

ま、実際にはその通りだった訳だが。



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