【 闘病革命 】
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230 名前:1/4 :2006/08/27(日) 13:19:57.89 ID:JSZadYzY0
私に定められた使命はただ一つ。
それは敵を倒すこと……それ以上でも以下でもない存在。
命を与えられた瞬間から私は敵と戦っている。
剣を握り屍を乗り越え新たな屍を産み出す。
血塗られた剣の先には何があるのかな?
分らない。でも、だからこそ私は剣を振るうよ。

「さて、調子はどうだい? 陽子ちゃん?」
穏やかな雰囲気と時間が流れる白い病室。やはり白い壁には時計が掛けてあり、その針は正午を指していた。
そう、陽子のお昼検査の時間である。
陽子がこの病院に入院して一週間、今まで暗い空気に包まれていたこの病室も、
幼い彼女が来て以来賑やかなものである。
検査に来た、このお爺さん主治医も彼女を孫の様に可愛がっていた。
「うん、大丈夫! 今日もね、陽子の体の中でおねえちゃんが戦ってくれてるの!」
「そうかそうか。では今日もそのお姉ちゃんのお手伝いをしないとね。少し痛いけど我慢できるかい?」
「うん!」
主治医は顔に満足そうな笑みを浮かべ、手に持たれた注射を慎重に陽子の腕へと近づける。
「さあおねえちゃんを助けるよ」
主治医の言葉に陽子は力強く目を瞑り頷いた。

剣を持つ手が血で滑る。
同時に刃の欠けた剣の切れ味も鈍くなってきた……。
何千何万と仕留めてきたけどそろそろこの剣も限界も近い。
新しい剣に持ち替えないと……。
いつもそう思って目を閉じた頃に剣がやってくる。
今回も目を開けると、そこには使い慣れた新剣が私を待ってくれていた。
また、戦える。
病院に入院してから二週間。日に日に陽子の体調は悪くなっていった。
その事に一番辛さを感じているのは主治医と両親、また彼女を可愛がっている多くの看護婦だろう。


231 名前:2/4 :2006/08/27(日) 13:20:28.63 ID:JSZadYzY0
「陽子ちゃん、体はだるくないかい?」
主治医の言葉に陽子が返す言葉は決まっていた。
「おねえちゃんが頑張ってくれてるから大丈夫! でも、最近少し元気が無いみたいだから……
私、おねえちゃんを応援してるんだ!」
「よし! 今日もお姉ちゃんを手助けしないとな。さあチクッとするけど我慢だよ?」
「うん!」
やはり陽子はいつものように目を瞑り頷くのであった。

新しい剣が来ても前みたいに敵が倒せなくなっている。
手強い。遂に敵も本腰をいれてきたのかな?
……あれ?
気がつけば剣を持つ手は傷だらけ……体中血まみれなのは自分。
そっか、自分の傷のせいね、手強く感じるのは……。
そろそろ私が限界みたい。
目を瞑ってもう開かない。そうすれば戦わなくてよくなるね。
「――ばれ――えちゃ――」
……。
「がん――ばれ! お――えちゃん!」
……え?
「がんばれ! おねえちゃん!」
今の声……誰だろう? 力強い声。目を開ければ分るかな?
もう一回目を開けてみてもいいかもね。
……やっぱり目に映るのは敵だった。でもなんだろう? 体が軽い。
剣だって体の一部のように扱えるんだ。
そして、傷なんかどこにもない……不思議。
もう声は聞こえないけど……戦える。前よりも強く、戦える!

病室同様、白い廊下を陽子の主治医と看護婦が歩いていた。
「先生? ここ最近陽子ちゃんの言っている……その、お姉ちゃんって……誰でしょうか?」


232 名前:3/4 :2006/08/27(日) 13:21:09.84 ID:JSZadYzY0
「君は知らなかったかね? 何、陽子ちゃんはジャンヌ・ダルクの絵本にハマっていてね、
私が最初に注射打つときにこういったのさ。
『きっとこのお薬が君の体の中でジャンヌ・ダルクのように戦って病気を倒してくれるよ』とね。
それ以来陽子ちゃんはお薬とフランス革命の英雄を同一視しているのだろう」
「そうだったんですか……陽子ちゃん夢にも見るそうですよ。そのお姉ちゃんを……」
「私は問題ないと思うよ。陽子ちゃんの病気はこの薬でしか治せないんだ。気の持ちようで様態も変わる。
彼女の受け入れやすい対象で前向きになれるなら、それは喜ばしいことだ」
「そうですね」
それ以降、二人の会話は次の患者さんのものへと移っていった。

目を開いている必要が無くなったんだ。
そう、敵を全て倒すことができたから……。あの時聞こえた声のおかげかもね。
瞑った目の中には何も写らないけど……寂しいなんて思う筈もない。
つい先程聞こえた声、それで十分だ。
「ありがとう。おねえちゃん」
その言葉、今も木霊しているよ。
またいつでも呼んでね。それまで私、目を閉じてるからさ。

「退院おめでとう!」
病室に飾られた、様々な色の折り紙は今、陽子の為だけにある。
看護婦や主治医に両親、さらには同室の患者にまで祝福される彼女は、満面の笑みを浮かべていた。
「人の体は不思議ですな。こんなに早く回復できるとは正直思っていませんでしたよ」
主治医が両親に言ったこの言葉は本音だろう。
「おねえちゃんがね、頑張ってくれたんだよ?」
そこに陽子が話しかけると、主治医も「そうだね」と、笑う。
退院の時、別れ際に主治医は陽子の頭を強く撫でると、いつになく厳しい表情で彼女に向き合った。
「陽子ちゃん、これからはなるべくお姉ちゃんに力を借りずに病気と戦える
丈夫な体になることを、今私と約束しよう? わかるかな?」
「えーと……おねえちゃんに迷惑かけないようにするってこと?」
「そうだ。食べ物を好き嫌いせずに食べて大きくなりなさい」


233 名前:4/4 :2006/08/27(日) 13:22:00.33 ID:JSZadYzY0
「うん、私がんばる!」
主治医はいつもの笑顔に戻ると今度は優しく陽子の頭を撫でた。

陽子のいなくなった病室は静かなものである。が、以前のような暗い雰囲気はもうない。
陽子の闘病している姿、それがこの病室の患者の希望になったからだ。
「病は気から、気の持ちようで体の具合は良くなりますよ」
医師の言うこの言葉は今まで彼らにとって気休めでしかなかったであろう。
陽子はそれを気休めではなく事実として証明していったのだ。
陽子は知らない。
その闘病していた姿がまるで、ジャンヌ・ダルクのように周りの患者に希望を与えた事を。





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