【 鳥が飛ぶ空は誰かに続いている 】
◆D7Aqr.apsM




750 名前:鳥が飛ぶ空は誰かに続いている 1/4  ◆D7Aqr.apsM :2006/08/20(日) 23:49:09.17 ID:W3zErr3b0
散発的に響く銃声を遠くに聞きながら、アリシアは壁に背中を預けてもたれかかった。
腕時計型の兵士用端末に目をやる。ERRORの文字が盤面に表示されている。既に本隊との
リンクが切れて久しい。それは、本国にある中枢司令部が情報を発信しなくなった、という
ことであり、敗戦を意味する。

しかし。
戦闘はまだ続けられていた。
頭の上にある窓に手鏡をかざして外を見ると、数台の戦車がこちらを並んで止まっているのが見えた。
敵はあり得ないほどの余裕を見せている。当然だ。この教会には数名の兵士しかおらず、残りは全て
避難民だ。
「おねえさん」
窓の外に気を取られてる所に、幼い声が響いた。
鏡をポケットにしまい、銃を傍らに立てかける。あまり子供に銃を見せたくはなかった。
「あの、さっきはありがとうございました」
小さな頭がぴょこん、と下げられた。薄汚れたシャツと、ジーンズ、という格好だが、ひざのあたりに
縫われた花の刺繍がかわいらしい。
教会裏の、唯一生き残っている水道あたりを、敵がおもしろ半分に掃射していった時、アリシアは転んで
立ちすくんでしまった彼女を助けたのだった。
「怪我はない?」
こくり、と頷くのを見て、横に座らせた。窓からは直接見えないとはいえ、丸腰で無防備に立っている
人間を見るのはどうも落ち着かない。
「あの、これ」
女の子が差し出した手には、あめ玉が一つ乗っていた。
「ありがとう。でも、ごめんね。虫歯なんだ。甘いの食べられない。かわりにあなた食べて」
アリシアは一度受け取ったあめ玉を、改めて彼女に握らせる。
少し困ったような顔をして、女の子はあめ玉をシャツの右側にある胸ポケットに入れた。
左側のポケットからは小さなウサギのぬいぐるみが顔を覗かせている。アリシアが見ているのに
気づくと、女の子はポケットから取り出して見せた。
「あのね、さっきはこの子を落としそうになって……それで転んじゃったの」
ばつが悪そうに、小声でいう。

752 名前:鳥が飛ぶ空は誰かに続いている 2/4  ◆D7Aqr.apsM :2006/08/20(日) 23:49:58.03 ID:W3zErr3b0
「そう。じゃ、二人助かったんだ。よかった」
差し出されたぬいぐるみの頭をなでてみせる。黒い布で作られたウサギの目だけがプラスティックの
光沢を返す。
「この子だけね、ここから逃がそうと思ったの。で、その前に洗ってあげようと思ったんだけど」
「逃がす?」
「うん。この子だけならね、いけるから」
「どうやって逃がしてあげるの?外は……怖い人が沢山いるから、一緒にいた方がいいんじゃないの?」
アリシアがぬいぐるみを女の子へ返すと、女の子は赤ん坊にするように、ぬいぐるみをかかえ抱いた。
「大丈夫。空からだから。……秘密なんだけど、おねえさんは助けてくれたから特別。ついてきて」
女の子は歩き始める。アリシアは、装備を持ったまま、彼女の後を追った。

小さな古い木製の扉を開くと、狭い階段が現れた。
女の子は慣れた足取りで先に先にと登っていく。明かり取りの窓だろうか、所々に
あけられた穴からふってくる光で、あたりはほんのりと明るい。
階段を上りきった踊り場で、女の子が待っていた。
「ここ?」
アリシアが扉を指し示すと、女の子はこくりと肯いた。
かんぬきのようにして止められていた木片を、横にずらすと、扉はすい、と開かれた。
目の前にはアリシア一人では抱えきれないくらい大きい鐘があった。そして、その向こうには街が
街の風景が見える。教会の尖塔に、アリシアはいた。
「こっち」
少女が鐘の奥にある一角を指し示した。鐘楼の片隅に、金属製の箱が置かれていた。
スーツケースくらいの大きさだろうか。所々、ステンレスの鈍い光沢を放っている。
そして、その上に、鮮やかな青色をした『鳥』がいた。

753 名前:鳥が飛ぶ空は誰かに続いている 3/4 ◆D7Aqr.apsM :2006/08/20(日) 23:51:05.12 ID:W3zErr3b0
「これ……『バード』だよね?」
翼を広げればおそらくは二メートル以上あるであろう機械鳥は、女の子に羽をなでられると小さな声で鳴いた。
バード。ロボットバード。疑鳥。
それは、この半世紀ほどで格段に能力が向上したロボット技術を利用した、高価な遊び道具の一つだった。
人は「鳥小屋」と呼ぶバードのための補給機器を屋外に設置し、世界中を飛び回るバードが
やってくるのを待つ。そして、やってきたバードに燃料用の水と、必要があれば損耗部品の交換を
して、また旅立たせる。
当初は単なる技術大学の学生の趣味でしかなかったものが、いくつかの企業がパーツやキットの提供を
行うと、瞬く間にそれは広まっていった。
女の子が胴体の下に手を潜り込ませると、バードは羽を大きく広げ、胸を突き出すようにした。
カチ、という音と共に、胸が開く。コンテナだ。
バードの楽しさの一つとして、コンテナがある。バードを趣味とする人は、次の人のために、
コンテナに色々なものを入れる。
写真や、メッセージを書いたカード。手紙を書いて、ボトルに詰めて海に流すように。

「この子はね、逃がしてあげるの。戦争はいつ終わるかわからないでしょう?」
女の子はポケットからぬいぐるみを取り出し、ぎゅっと胸にかき抱くと、コンテナへ入れた。
アリシアは黙ってそれを見守っていた。
「次に見つけてくれる人が、きれいに洗ってくれて、大事にしてくれるといいんだけど」
小さな手が、コンテナを軽く押すと、鳥の胸に吸い込まれるようにして、それは消えた。
アリシアは女の子の肩へ手を置いた。
小さな肩が、小刻みに震えている。
「鳥小屋」がかすかに金属音を立てた。赤く光っていたランプが青に変わる。バードは
すっと立ち上がると、床を歩き、窓の方へ向かった。
「もしかしたら、これから、飛ぶ?」
アリシアは女の子の肩を抱きながら尋ねた。涙を一杯にためた瞳がアリシアの顔を見返す。
「うん。鳥は夜は飛べないし、夜に旅立つのは少し寂しいでしょう?」

754 名前:鳥が飛ぶ空は誰かに続いている 4/4 ◆D7Aqr.apsM :2006/08/20(日) 23:52:12.18 ID:W3zErr3b0
鳥はゆっくりと、大きく翼を広げ、鐘楼から身を躍らせた。
落ちたかのように姿がかき消える。――と、すぐに思いの外大きい羽ばたきの音が、あたりに響いた。
悠々と、悠々と鳥が鐘楼の周りを飛んでいた。徐々に高度を上げていく。
すると、突如としてバードがぐらり、と体勢を崩した。後を追うように銃声が響く。
とっさに伏せ、地上に目をやると、戦車の脇にたった敵兵達が笑いながら銃を構えているのが見えた。
アリシアの頭に血が上った。
「下に戻って。バードが飛ぶのを援護するから。ね?」
女の子をぎゅっと強く抱きしめ、階段へおろすと、アリシアはライフルケースを開いた。
アンチマテリアルライフルなら、ここからでも十分に援護できる。
バードは体勢を崩しながらも、なんとか跳び続けていた。
大きな弾倉を銃にたたき込んで、戦車の後部――エンジンの排気口があるあたり――に狙いを
つけた。
「落とさせるものか。あれは――あの子の夢なんだから」
引き金を絞り落とす。





BACK−一睡の夢 ◆Awb6SrK3w6  |  INDEXへ  |  NEXT−しすたぁ☆どりぃむ ◆VXDElOORQI