【 あそこで死ねば良かった 】
◆aDTWOZfD3M




601 名前:『あそこで死ねば良かった』1 ◆aDTWOZfD3M :2006/08/20(日) 12:56:49.66 ID:WCtvNLJc0
 始まりは臨死体験だった。その日、居酒屋からの帰り道の横断歩道をふらつきな
がら歩いて
いた私に向かって、一台の車が突っ込んできた。
 10トントラックだった。居眠り運転だった。
 気がついたら、私は地上5メートルの視点から血まみれになった自分の体を見下
ろしていた。そのうちふわふわと天に向かって私は上がって行き、その後唐突に場
面が川と一面のお花畑になった。川の向こう岸には、死んだお祖母ちゃんや、写真
でしか見たこと無い曾おじいちゃんたちが居た。
 私が川を渡ろうとすると、誰かの声が響き渡った。
 「アホンダラ〜! こいつまだ寿命尽きとらんやないか! お前、何間違えてんね
ん! 早よう元に戻しとかんかい! ボケナスがっ!」
 「んなこというたかて、大王様〜、こいつの体もうボロボロですやろ? 魂が体
に上手ぁく戻りませんのや。 一体どうしたら良いんでっしゃろ?」
 「んなもんテキトーにつめこんで、後からセメダインでもつけときゃええんちゃ
うの? ワシ今忙しいさかい、チャッチャとやっとけっちゅうの! ええな!」
その声を最後に、私は急転直下に下に向かって落ちていった……

 目が覚めると、私は病院のベッドに寝ていた。脇を見ると、姉が大泣きし、親父
がわけのわからない踊りを踊っており、母は安っぽい壺を一生懸命拝んでいる。
 それから私は医者も驚くほどの驚異的な回復を見せ、二か月ほどで体の方はすっ
かり治った。しかし、私には一つだけ妙な後遺症が残った。それに気づいたのは、
私が意識を回復した日の夜のことだ……。

603 名前:『あそこで死ねば良かった』2 ◆aDTWOZfD3M :2006/08/20(日) 12:59:02.06 ID:WCtvNLJc0
 私が就寝前のふわふわした感覚を弄んでいると、私はいつの間にか炊飯ジャーに
なっていた。見知らぬ女性が、私の蓋を開けて今まさに飯を炊こうとしているとこ
ろである。私の中に米と水が注ぎ込まれ、勢いよく蓋が閉められる。私の蓋が音を
立てて閉まった瞬間、私は元の体に戻ってベッドの上に寝ていた。
 その日から毎晩、私は自分が何か物になっている夢を見るようになった。夢で私は、
ある時は掃除機、ある時は車、またある時は国語辞典と、様々な物になっていた。ど
の夢も妙にリアルで、なんとなく感覚まであるような気がするほどだ。また、目が覚
める時には一定の決まりがあるようで、夢の中で何かしら物理的衝撃を受けると目が
覚めることもわかってきた。ある夜、陶器の置物になった時があったが、なかなか衝
撃を受けずにそのまま一年ほど経った夢を見た事もある。もちろん起きたのはいつも
通り次の日の朝だったから、夢の中の時間と現実の時間に関係は無いらしい。
 もちろん、毎日こんな夢を見るという異常な事態に最初はとまどったし、医者に相
談してもみたのだが、結局原因はわからなかったし治る見込みも無い。原因が解らな
いとなると、例の臨死体験の事が気になる。あの時、私の魂は自分の肉体を抜け出し
ていた、それにあの関西弁の会話も(なぜ関西弁なのかは置いておくとして)、本当に
あった事なのだとするなら、私の魂は今しっかり肉体に固定されていない事になる。
つまり、夢を見ている時に、私の魂は肉体を抜け出して別の物体に乗り移っている、
ということではないだろうか。科学的にどうこう言うより、それが一番この奇妙な夢
の原因を説明出来るような気がした。
 もちろん、毎日こんな夢を見るという異常な状況に最初はとまどったが、慣れてみ
れば意外と面白い。自分以外の何かに変身するというのは、それだけでも気分転換に
なったし、他人の私生活を覗き見することもできる。
 これまでに乗り移って一番嬉しかったのは、ホテルで使われている手ぬぐいになっ
た時だ。女湯に持ち込まれた私は、湯煙にけぶる女体をたっぷりと鑑賞し、さらに私
を使ったのはナイスバディの若い女だった。嬉し恥ずかしの夢を堪能し洗濯機に突っ
こまれた時点で目を覚ましてみると、当然のごとく私は派手に夢精し、下半身はぬる
ぬるになっていた。


604 名前:『あそこで死ねば良かった』3 ◆aDTWOZfD3M :2006/08/20(日) 13:00:04.30 ID:WCtvNLJc0
 反対に最もつらかったのはコンドームになった時だ。『それならラッキーだろ』と
言われそうだし、実際最初の内は私も期待していたのだが、私を使用したのはハード
ゲイのカップルだった。後は推して知るべし、デブオヤジのイチモツに装着された私
は、さらにクマのごときオヤジのケツの穴に突っ込まれ、陵辱の限りを尽くされた私
が目を覚ました時、私は汗と己の吐瀉物にまみれたひどい有様で横たわっていた。己
の状況を把握した私は、そのまま一日中さめざめと泣いた。一日経って振り返って見
ると、ゲイにも関わらずコンドームを使用しているという事が、さらに嫌な想像をか
き立てる。それからしばらくの間、私は精神科に通わざるをえなかった。もちろんイ
ンポテンツの治療のために……。
 そんなこんなで、あの事故から三年ほど経ったある日の事、その日も私は夢を見始
めた。夢の中で、私は暗闇の中に立っていた。光が無いので、一体自分が何になって
いるのかすら解らない。ただ、微妙な重さの感覚によって、己がとてつもなく巨大な
何かになっている事だけは理解できた。
 すると突然、私の中に電流が走った。電流は甘美な誘惑となって私の中をくすぐっ
てくる。私はその電流の命ずるままに安全機構を解除し、燃料槽および酸素供給装置
からブースターに給気させ、発射準備を整える。私の上方にある天井がゆっくりと開
くと、一際強力な電流が流れ、私はブースターに着火させられた。ブースターから熱
と気体が噴射されると、私の体は轟音を上げつつ持ち上がってゆく。サイロの中から
飛び出した私の姿が、月明かりとノズルから出る燃焼光に照らし出される。私の体は
今、ミサイルだった。それもミサイルの中のミサイル、ICBMだった。
 私は己の中の何かが命ずるままに天空を駆け、やがて高度100キロを超える宇宙
空間へ至った。そこで一段目と二段目を切り離し、弾頭のみになった私は、一路環太
平洋造山帯の一部を形成するなじみ深い弧状列島に向かって落下していった。目指す
は世界有数の人口密集地帯。そこに私の意志は関係ない。ただ指定された場所に向け
て墜ちてゆくだけだ。
 着弾、一瞬煌めく青白い光、閃光、白熱、そして私は自分の体が溶けてゆくのを感
じた……

605 名前:『あそこで死ねば良かった』4 ◆aDTWOZfD3M :2006/08/20(日) 13:00:55.70 ID:WCtvNLJc0
 そして私は今、地球に乗り移って太陽の周りを365日周期で周回している。なぜ
だ?なぜ元の体に戻らない?まさか、元の体も私が消し去ってしまったのか?ではな
ぜ地球なんぞになってしまったのだろう。よもや、『他に乗り移れる物が何も無かっ
た』からではないだろうな?いや、考えるだけ無駄だ。真相を知るためには、何か物
理的衝撃を受けなくてはならない。だが、地球を揺るがす程の衝撃をもたらす物は、
巨大な隕石ぐらいしか無いだろう。と言うことは、一億年に一度の確率にかけて、そ
の日が来るまでこうして周り続けるしかない。今やっと太陽の周りを256周したと
ころ。まだまだ先は長そうだ……。 
                   《終わり》



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