【 ゆめをみるひと 】
◆yeBookUgyo




367 名前:ゆめをみるひと 1/5 ◆yeBookUgyo :2006/08/19(土) 21:13:32.77 ID:Ez9Wynpl0
 チューブが微かな作動音を発し、仄かに黄色を漂わせた点滴液が流し込まれる。
白いベッドには皴一つ無く、ただ春の風だけがシーツを揺らしている。
窓からは晴天が覗き、よく刈り込まれた芝生が広がっている。
そこからは海が見え、それは穏やかな眼差しで全てを見回している。


 日本脳炎症熱ウィルス――2017年に発生確認。世界各地に多数の感染者。
発生源は福井の原子力発電所付近とも、大学の研究施設付近とも言われている。
蚊を媒介とする。明らかに突然変異種であり、未だ治療法も確立されていない。
感染すると、まず微熱と咳が発生する。三日ほどで潜伏期間に入る。
二週間ほどの潜伏期間を経て、鼻腔・口腔内から出血。
それと同時に大脳に炎症が発生し細胞の大部分が死滅。遷延性意識障害(植物状態)に入る。
ウィルスが全身に蔓延する。その後数ヶ月〜一年の潜伏期間を経て、全身からの出血。止血は不可能、死亡する。
例外としてインド・ニューデリーの配管工は植物状態にならなかったが、全身からの出血により死亡した。
分類は「第4綱」。世界中の研究機関がワクチンの開発に着手している。
しかしどのワクチンもウィルスに対し効果は無し。感染した個体ごとの遺伝子構造に若干の違いがある事が判明。
現在は対症療法の段階だが、発症するとほぼ確実に植物状態になることから効果は無い。
治療法は確立されていないが検査は正確なものとなり、今後もそれに伴うパニックが予想される。


日本医師連盟のホームページに書かれた、何の希望ももたらさない「一般の方々にむけて」を読み終える。
 そっと立ち上がると、ノートパソコンが置かれたのと同じ机からタオルを取り出す。
「汗かいた? 拭いてあげるね」
真横のベッドを向き、シーツを足元に下ろしてやる。彼女の唇にそっと口付け、青いパジャマを着た彼女を見つめる。

 その時、私と彼女はイタリアンレストランで昼食を摂っていた。白いワンピースにピンクのブラウスを重ねて着ていた
彼女は、オープンテラスから見える海岸線を見つめていた彼女は――
 気がつくと、彼女は床に伏せていた。体が痙攣を初め、顔の筋肉も不自然に動く。
まだ体を制御できるのか、苦しそうに誰もいない方向を向く。その直後、彼女の鼻から血が噴出した。

369 名前:ゆめをみるひと 2/4 ◆yeBookUgyo :2006/08/19(土) 21:15:05.87 ID:Ez9Wynpl0
床と彼女の服を紅く染めながら血が噴出し、彼女の痙攣も激しくなってきた。横を向きながら足を半分ほど畳み、
手はファイティングポーズを取るボクサーの様に曲げていた。どうする事も出来ず、ただ彼女を押えつけようとするが
とても押えつけられる様な状況ではない。一瞬自分も感染したのかと思うが、血液の接触では感染しない事を思い出す。
心配しながら彼女の顔を見守っていると、一瞬顔の痙攣が止まった。
そして血の塊が吐き出され、彼女はまるで笑っているかのように口の筋肉を震わせながら血を吐き続けた。

 ――気が付くと、私は病院のスタッフに付き添われながらロビーに座っていた。
青いポロに付いた、今や乾ききった紅い液体を見つめていた。
 彼女の両親は、ウィルス発生源として有力視されている「福井原発臨海事故」で亡くなっている。
彼女自身は東京の大学に留学しており、その時の被爆は免れた。私と出逢ったのもその大学だ。
 それから一年。今こうして、病院の冷たいロビーに座っている。後ろにあるガラス張りの窓は
白い光に包まれていた。

 彼女は元々一人っ子で、親戚がいる訳でもない。よって今彼女の病室を目指すのは私一人。
タイル張りの、白い光に包まれた廊下を走る。集中治療室が見えた。鼓動が高まる。彼女がいる。生と死の狭間に。
 彼女は、何事も無かったかのように眠っていた。
強化プラスチックの、どちらを隔離しているのか判らないカバーに手を当てる。安らかに眠る彼女には
酸素マスクを付けられ、腕からは痛々しくチューブが延びていた。

 その後、この病室に移された。「国立みなと臨海総合病院」の北館・九階。通称「ゆめをみるばしょ」は、
ネット掲示板に書き込んだある小学一年生が名付けた。まだ植物人間という概念を理解していない彼にとって、
植物人間は「ゆめをみている」のであって、そこは「ゆめをみるばしょ」なのだ。
その表現は瞬く間に広がり、今では植物状態の治療をする場所全てを指す様になった。
“A Place to Dream”という黒人ラップ歌手の、犠牲者を追悼するヒット曲が聴こえない日は無いし、
多くのアーティストがウィルスの撲滅に対する祈願と、既に死亡した犠牲者遺族への哀悼を込めて
何かしらのチャリティー活動を行っている。
 早く治療法を確立しなければ、人類は皆「ゆめをみるひと」になってしまう。だからこそ、それぞれの方法で
皆が闘っている。

370 名前:ゆめをみるひと 3/4 ◆yeBookUgyo :2006/08/19(土) 21:15:43.35 ID:Ez9Wynpl0
 パジャマのボタンを襟元から外し、腕を背中に回す。空いた方の手で、両腕を袖から引き抜く。
定期的に下着を替えるのも私の役目なので、すっかり彼女の肌は見慣れてしまった。
 ――でも、やっぱり綺麗だ。寝ている様にしか見えない。どうして。何故。目を覚まして。夢から覚めて。
少し汗ばんだ脇を拭いてあげ、ズレない様にブラジャーを少し浮かせる。パンツも同様にしてズレを防止する。
 ――どうして。彼女は、私が上着を脱がせただけで赤面するほどだったのに。今では反応してくれない。
ふとそう思い、無性に彼女を愛したいという気持ちが沸き起こってきた。
 エメラルドブルーのブラジャーのホックを弄る。外れたのを確認すると、そっとカップを上に持ち上げる。
 ――ああ、綺麗だ。
彼女の肌は、三ヶ月ほど日光に晒されていない所為か本当に白い。ピンクが際立つ。
そっと、ピンクの突起に触れる。反応は、無い。舌で、下から上に舐め上げる。以前の彼女なら、脇を締めながら
恥ずかしがる行為だ。反応は、無い。
 ――これなら、これなら夢から――
荒々しく、半ば引き剥がすようにパンツを降ろす。
病室の、白いベッドの上で。彼女は、目を瞑ったまま自分の花を露にしている。
ソコに差し込まれたチューブを引き抜く。手荒なので恐らく痛いのだが……

――反応は、無い。

力任せに両脚を開かせ、ベッドの上を滑らせるようにして近づける。
こんな事はした事が無く、反応もわからない。 

――反応は、無い。

そっと、唇を付ける。乾燥したソコは、彼女の意志に関わらず濡れてきた。
 「気持ちいい? よかった。ほら、濡れてきたよ」

371 名前:ゆめをみるひと 4/4 ◆yeBookUgyo :2006/08/19(土) 21:16:23.41 ID:Ez9Wynpl0
 ――あれ、涙だ。僕、嬉しいはずなのにな。やっと、大人の恋人として――

 ――カラダ、何かおかしくないかな。
 気が付くと、あの時の彼女のように床に伏せていた。

 ――ああ、そっちに行けるのか。
 鼻から血液が噴出する。想像とは違い、痛みは感じなかった。

 ――あ、看護婦さん……
 倒れた弾みに、ベッド脇のナースコールを押したらしい。

 ――ああ、もうすぐで口からだ。ほら、来た。
 喉から湧き上がってくるモノを感じながら悟る。そして、どす黒い塊を吐き出す。

 私は、口から流れ出る血液を感じながらも不思議な安心感に包まれていた。
    ――ああ、やっと僕も夢を見れるのか。

fin



BACK−凍る夢 ◆InwGZIAUcs  |  INDEXへ  |  NEXT−Tapir ◆8vvmZ1F6dQ