【 凍る夢 】
◆InwGZIAUcs




261 名前:凍る夢1/3 ◆InwGZIAUcs :2006/08/19(土) 09:14:16.65 ID:agAzYoZd0
ゆっくりしがちな日曜の朝、大輝は窓から射す春の陽気に汗ばむ体を感じ目を覚ました。
朝のシャワーなど、一連の流れを終えた彼は一人朝食作りに取りかかる。
一人暮らしは就職してから3年、料理も手慣れたものである。
机の正面に置かれたテレビは、彼お気に入りのニュース番組がつけられていた。
「次のニュースです。『凍る夢』が創立10周年を迎えました。参加人数も……」
――凍る夢……ね。もう創立10年になるのか、そりゃ歳もとるわな。しかし税金はもう少し安くならないのか?
いくらなんでも一般市民に死ねと言ってるようなものだ。
彼は悪態をつきながら、『凍る夢とは?』そんな特集が載る新聞を読んだ。
机の上には簡単な朝食が出来上がっている。
――『凍る夢とは、まず肉体をフリーズさせ半永久的に保存します。次に脳をメインコンピューターに接続し、
肉体的に死ぬこと無い夢の世界で、次の人生を歩むシステムとなっております。この際、
メインコンピューターに接続する人数は百万単位。つまり、
通常の夢とは異なり他人とリンクしていることも大きな特徴と言えるでしょう……』
この10年で何度もテレビや雑誌、ついには学校の教材にも大きな影響を与えた『凍る夢』。
もちろん彼自身そんな新聞の特集など読まなくても、『凍る夢』については学生時代嫌というほど学ばされてきた。
今回の特集も特に目を引くような情報はなく、彼が新聞を閉じる頃には朝食も終えるに丁度良い時間であった。

ドライブがてら車を走らせ向かうのは恋人の家である。
今日はお互い仕事もない。大輝とその恋人、亜美は映画を見る約束をしていたのだ。
彼は人通りの少ない田舎道を走っていた。
視線の脇を通り過ぎていく桃色の風景が、穏やかな季節を彩っている。
――桜の季節だ。今度亜美と一緒に花でも見に行こう。
そんな時、一台の車が一時停止をしていた。彼は何気なくハンドルを右に切って避けようとした時、
前からとんでもないスピードで車が突っ込んでくる。
――っ馬鹿野郎!
今度は左に急ハンドルを切った。
タイヤの擦れる高い音が木霊する。おかげで、衝突は一寸の差で避けることができたが、
代わりに大きな桜の木へと車は吸い込まれていった。
ガシャン!
意外に呆気ない音が辺りに響く。

262 名前:2/3 :2006/08/19(土) 09:15:26.47 ID:agAzYoZd0
爆発炎上まではしなかったが、助手席は全損、運転席も半分が潰されている状態である。
数秒後、一時停止をしていた車の運転手の男が慌てて自宅から出てくると、
彼は走って大輝の車まで駆けつけた。
当然その頃にはスピード車の姿はどこかへ消えてしまっている。
彼は、車の破損を見た瞬間、系帯電話を取り出し救急車を呼びつけた。
「大丈夫か! 大丈夫か!」
男は大声で話しかけるが、大輝は既に気を失っているため状態を確認することもできない。
男に出来ることは少なく、ただひたすらに救急車のサイレンが聞こえてくるのを待つしかなかった。

「おお! 意識を取り戻したか!」
驚きに満ちた医者の声が手術室に響く。
大輝は声を出そうとしているが、唇が少し動く程度にしか反応できていない。
そして間もなく彼は再び気を失う。
「……ご家族に私から話をしてくる、この患者の命を頼むぞ」
医者はもう一人の医者にそう告げると手術室を跡にした。

「そんな……もう大輝は……なんとかならないのですか!」
手術室の前で待っていたご家族に医者は冷静な所感を告げる。
すると、母親と恋人らしき女性は泣き崩れ、父親は目を血走らせ医者に懇願した。
しかし、医者にはかぶりを振ることしかできない。
「力は尽くしています……残酷ですが、最善で寝たきり状態、最悪このまま死亡です。
……お父さん、どうでしょうか?『凍る夢』に組み込むことは、状態が新鮮である今しか出来ません。
個人的な意見ですが、このまま寝たきりになったとして、孤独な夢の世界で生きていくより、
百万人と繋がった夢で半永久的に生きていく事の方が幸せだと思います……」
辺りを沈黙が支配する。
「…気休めかもしれませんが、数年後であろうと同じメインコンピューターに接続すれば、
大輝さんにまた出会える可能性は十分に残っています。むしろ、
知人など本人の脳に情報として残っている人物同士は、
『凍る夢』で出会う可能性が極めて高いという研究結果もでています
……いかがでしょうか?」

263 名前:3/3 :2006/08/19(土) 09:18:40.25 ID:agAzYoZd0
後押しをする医者。その言葉を聞き顔を見合わす家族とその恋人。
目で確認しあった彼らは、数少ない選択支の一つ、『凍る夢』を選択した。

誰かの拳で目覚めた大輝は呆然としていた。
――なんなんだここは?
東京。仕事で何度か来たことはあったが、彼が知っている東京と大分違っていた。
ビルからは沢山の人が落ち、車は歩道を我が物顔で走り抜け、
呆けていようものなら先程のように通りすがりの誰かに殴られる。東京は混沌と暴力がはびこる街となっていた。
大輝の目の前を歩いてた男が、急に飛び出してきた車に撥ねられる。
男の血しぶきが大輝の視界を朱に染めた。
男は血を流しながらも平然と立ち上がる。と同時に、彼は去っていった車を追いかけていった。
――今の人……生きているのか? 
再び思考が停止してしまうが、とにかく進まなければ始まらない。
大輝は、自宅のある方向へと歩き始めた。
途中、自分も何度か瀕死である筈の重傷を負うが、しゃっくりがいつの間にか治っているように、
その傷も気付けば癒えてしまっている。が、苦痛はしっかりとあった。
そんな中、誰かの呟く声が大輝に聞こえた。
「ここが『凍る夢』……」
薄々気付いていた彼は、その声で確信してしまう。
ここが、この荒んだ世界が、これからの自分の居場所であると……。
――ここは……地獄だ。
大輝は納得し、絶望した。彼は思わずその場にうずくまる。
人々が持て余す悠々の時。その心を満たせるのは、取り返しのつかない事がない……暴力。
――死ぬこと無い無間地獄。いや、夢幻地獄か。

「ここに絶望するのは来たときだけ、すぐに暴力に準ずる自分になれる」
時々聞こえる誰のものか知れぬ言葉は、無尽蔵に大輝の絶望を紡ぐ。
その度に現世の感覚が薄れている事に、彼はまだ気付いていない。





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