【 無題/道 】
◆XS2XXxmxDI




137 名前: ◆XS2XXxmxDI :2006/08/13(日) 23:06:43.06 ID:GC2tJUi5O
どことなく漂う新車の匂いを消そうと、細く開けた窓から風が流れ込み、髪を揺らしていた。

先に、何かがおかしい事に気付いたのは、長谷川だった。
いかにも退屈そうに、ドアに肘を突き、頂垂れた手の甲に顎を預けている。
「この道、さっきも通らなかったか?」
長谷川は何気ない声色で、ぽつりと、運転している小林に呟いたのだ。
だが、長谷川が何の事をいっているのか、小林には理解出来ないでいた。
なんせ、運転しているのは小林自身であるうえ、走っている道は市街地なのだ。
森など、目印になり建物がない場所ならいざ知らず、市街地でデジャビュを感じるとは、小林にはとても思えなかった。
「長谷川、お前何言ってんだ? 寝ぼけてるのか?」
「いや、そんな事はない、目だってちゃんと覚めているさ」
「ならどうしてだ」
小林の問いは至極当然の事だ。
「そこのコンビニ、5分くらい前に見た、あっちの郵便局もだし、あの車に至っては俺の脇を何度も通っている」
曰く、何度もすれ違った赤い軽自動車を見ながら、長谷川が言った。
小林の視界にも、赤い軽自動車は確かにはいていた。


138 名前: ◆XS2XXxmxDI :2006/08/13(日) 23:07:30.60 ID:GC2tJUi5O
「それがどうした」
だが、小林は、長谷川の言う事などどうでも良いかのように、溜息混じりで呟いた。
小林にしてみれば、長谷川の言う事など信じていないのかもしれない。
少なくとも、小林の瞳に、長谷川の話に対する好奇心なり、恐怖心なりの、目の奥で煌々とするものはなかった。
「それがどうしたと言われれば………どうと言う事はない、ただループしているだけだ」
「さうかい」
「無反応だな、小林が運転している癖に目的地着かなくてもいいのか?」
「目的地?」
小林は心底不思議そうな顔をした。
「そうさ」
長谷川が真面目な顔をして頷いた。
その途端、天井から声がした。
『我社最新のシミュレーションはいかがでしたか? 次回は是非本物の車で本当の乗り心地をお確かめ下さい』
自信に満ちた、しかし無機質な声が言った。
「そう言えば、シミュレーションか」
そうか、そうだったのか、と、長谷川は何も映らない、黒い液晶のフロントガラスを見詰め、呟いた
その、今更とも思える間の抜けたボケに、小林は、
「社員乙」
と、一人皮肉混じりに言うと、ボケーッとしている長谷川をおいて、機械から先に出て伸びをした。


終わり



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