【 五百円玉の生涯 】
◆tHWx0gdjZE




885 名前:五百円玉の生涯 ◆tHWx0gdjZE 投稿日:2006/04/02(日) 19:19:18.78 8j9hfaQi0
 僕は五百円玉。生まれたときは、たくさんの仲間に囲まれていた。けど、仲間から離れ
離れになっても、寂しくはなかった。人間の世界に飛び出した僕らは、寂しさなんて忘れ
るほどに、色んなことに出会うのだから──

 僕の最初の持ち主は、コンビニでレジを打つお姉さんだった。彼女は多少言葉遣いが悪
いが、いつも他人や周囲のことを慮る、健気な女性だった。それが証拠に、彼女は仕事中
の今でも大声で、バイト仲間とおしゃべりに興じている。
「”空”ノ店員、マジヤバクネ?」
どうやら駅前に出来たカフェのバリスタのことを言っているらしい。彼女の好みは、不良
っぽくてクールな感じの、線が細めの男であるようだ。「ヤバクネ?」などと、自分とは
関わりのない相手のことまで心配するとは、とても心の優しい人だと思う。僕はちょっぴ
り感動した。きっとレジの前をウロウロしている気の弱そうな青年も同じ気持ちなのだろ
う。彼は話の腰を折っては悪いと、遠慮をしているに違いない。しかし、そんな彼を差し
置いて、突如、一匹の二足歩行をする豚(いわゆるオーク)が彼女達の前に立ちふさがっ
た。
──なんて無粋な生き物なのだろう。僕は軽い憤りを感じた。欲望に忠実なその豚は、無
遠慮にカウンターの上にアニメ雑誌といかがわしいネット関連雑誌、ポテチの袋、コーラ
を置くと、「おい、レジ」と短く鳴き声を発して、彼女達の会話を中断させた。豚がその
脂ぎった指で眼鏡を押し上げると、無意味に荒い鼻息と共に、レンズの向こう側からいや
らしい目付きで彼女達を値踏みしているのが分かる。全くもっておぞましい。僕の持ち主
であったお姉さんの気持ちを考えると、僕はやりきれなくなった。お姉さんが「うわ、オ
タクかよ。きんもーっ☆ 豚がおしゃべりの邪魔してんじゃねえよ。コーラ飲んで糖尿病
になって、早く死ねばいいのに」という表情でレジを打つのは、当然のことだと思った。
彼女達の世間を憂える高邁な思想など、豚風情に分かるはずもない。ならばせめて、邪魔
をするな、というものである。

  886 名前:五百円玉の生涯 ◆tHWx0gdjZE 投稿日:2006/04/02(日) 19:20:12.92 8j9hfaQi0
 お姉さんはレジを打ち終えると、豚の蹄の上にレシートを載せた。そして、僕をつまみ
上げて、その上に落下させた。豚の薄汚れた手に触れないために編み出された、レシート
ガード&つり銭投下いうコンボ技である。あまりの華麗な手つきに僕はため息を漏らした。
お姉さんは素晴らしい。いつも自分よりも周りの心配をする健気さと、仕事を華麗に、迅
速に遂行する有能さ。これを併せ持つお姉さんは、日本の宝である。こういう人たちが、
日本に多くいるのであれば、日本は今後、益々の繁栄を約束されているのだと思う。
 僕は豚の脂ぎった手に握られて、身の毛もよだつ思いをしたが、これも宿命。次なる持
ち主に出会うまでの我慢と思い、屈辱に耐えることにした。例え、丸々と太った油塗れの
指に全身を撫で回され、目も眩むような悪臭を吹きかけられようとも。
 しかし、豚は存外に簡単に僕を手放した。近くのメイド喫茶で、僕を支払ったのである。
僕は安堵した。悪夢のような恥辱の日々を送る事を覚悟していたのに、その前に逃げ出す
事ができたのである。よかった。本当によかった。僕はひとまずメイドさんの掌の上で、
少しばかりの安らかな眠りにつくことにした。
僕の人生は始まったばかりである。

終わり。


本当はこの後、二転くらいさせるつもりでしたが、
時間までに書き上げられないので、途中ですが投下しました。
中途半端ですが、ご容赦を。



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