【 I need it 】
◆muooooOoO




761 : 「I need it」 ◆muooooOoO. : 2006/03/33(日) 03:36:55.74 ID:P8snda//0
強烈な日差しがじりじりと肌を焼く。
時折吹く熱風がさらさらと砂を撫ぜる音だけが聞こえる。
ここはどこだろう? 何にせよ、砂漠のど真ん中であることは間違いないが。
俺は手足を大の字に広げて熱い砂のベッドに横たわっていた。

体中から止めどなく水分が抜けていくのが分かる。
水ももう残ってはいないし、干からびてミイラになるのも時間の問題だろう。
父さん、母さん、せっかく裕福な家の元に産み落としてくれたってのに、
そいつが「自由が欲しかったから」なんてマヌケな理由で家を出るような呆れた馬鹿で本当に申し訳ない。
これは馬鹿な俺への罰だ。甘んじて受け入れよう――。

「おい、無事か?」
不意に頭の上から落ちてきた声で、俺はうっすらと目を開ける。
まぶしい日差しと共に、俺の目にひげづらの男の顔が映る。
「起きろ。おい、起きろ!」
俺は夢を見ているのだろうか? いや、違う。
ひげづらの男が俺を揺すっている。しっかりと感覚もある。
思わず、枯れそうな声で叫んでいた。
「み、水っ……!」
「ああ。水ならいくらでもある。そら、飲め」
俺は男から与えられた革袋を握り締め、中の水を貪るように飲んだ。
水分は迅速に俺の体をめぐり、暑さで完全にやられていた頭がにわかにはっきりする。

――生きたぞ! 俺は生き永らえた!

762 : 「I need it」 ◆muooooOoO. : 2006/03/33(日) 03:37:26.61 ID:P8snda//0
「……まさかこんな砂漠のど真ん中で死にかけの人間に出会うとは」
ひげづらの男が、水を飲み干してようやくろれつの回るようになった俺に話しかける。
「あぁ。俺もだ。九割九分死を覚悟してたよ……あんたは命の恩人だ」
そう言って俺はひげづらの男に笑いかける。
「そう言ってもらえると俺も嬉しい」
俺はひげづらの男に右手を差し出し、がっしりとしたその手と握手を交わした。
「是非あんたにお礼がしたい。金ならいくらでもあるから」
俺はひげづらの男の前で財布の中身をぶちまけた。札束が山のように飛び出す。
「俺も金が無くて困ってたんだ」
ひげづらの男はそう言うとそれをごそごそと漁りはじめた。
だが男が拾い上げたのは財布の中にたった一枚しかない小銭の、500円玉だった。
「おい、それだけでいいのか?」
俺は思わず男に問いかける。
「ああ。これでいい。お前に飲ませた水の量から考えても、このぐらいが妥当さ」
ひげづらの男は粋な笑みを浮かべて俺を見る。俺は年甲斐も無く顔をぐしゃぐしゃにして男を見た。
「旅は道連れ世は情け、さ」
「ありがとう、本当にありがとう」
男は身支度をして、先ほどまで俺達を覆う影を作っていた大きなラクダの太ももをポン、と叩く。
「俺のラクダに乗れよ。近くの町まで半日もあれば着く」
俺は溢れ出る涙を拭きながら、ラクダの背中に飛び乗った。

近くの町、というかこれは城下町だろうか。王宮と思しき美麗な建物を中心にして建物が並んでいる。
城壁がぐるりとそれを取り囲む、なかなか立派な町の様だ。
巨大な城門――なかなかの意匠が凝らされている――を抜ける際に、城門を警備する兵士が俺と男を呼び止めた。
どうやら旅人は王に謁見しなくてはならないらしい。

764 : 「I need it」 ◆muooooOoO. : 2006/03/33(日) 03:38:46.14 ID:P8snda//0
兵士に連れられ、俺達は王宮までやってきた。
あまり飾られていない王宮の中心には金色の玉座が置かれ、王と思しき人物が鎮座している。
彼は格好すら質素であったが、確固たる威厳をたたえていた。
ひげづらの男が跪くのに従って、俺も王に跪く。
「良くぞ参った。それで、“ひかりもの”は……?」
ひかりもの? 俺が首をかしげていると、隣のひげづらの男が懐をまさぐりはじめた。
「王、こちらになります」
男が懐から取り出し王に差し出したのは、俺が半日前男に渡したあの500円玉だった。
王はそれを男から受け取るやいなや、満面の笑顔を浮かべる。
俺が一連の動作を呆然と見ていると、男が俺を見て言葉を放る。
「あれ? お前、金はいくらでも持ってるんじゃなかったのか?」
「……どういうことだ?」
「城門の端にでかい文字で書いてあったろう。“この国に入る旅人は、ひかりもの(つまり
宝石や硬貨のことだ)を王に献上せよ。さすれば最大限の待遇を与える。ただし持たざるものが
国に入れば、奴隷として扱う”って。お前読んでなかったのか?」
「なっ、そんな話、聞いてないぞ!?」
そう言いながらも俺が思い出すのは、城壁に彫りこまれた文字の数々。まさか、あれが……。
「いや、あそこの砂漠でお前に出会えて本当によかった。危うく奴隷になるところだったからな
……お前は俺の命の恩人さ」
そうして男は、王に連れられて奥の部屋への入り口を通る。

札束を振り回しても意味は無かった。
護衛の兵士たちに両脇をかためられ、俺は力なく王宮の外へ引きずり出されていく。

――学習しない。やっぱり俺は、呆れた馬鹿だ。



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