【 五百円硬貨 】
◆WGnaka/o0o




706 : ◆WGnaka/o0o : 2006/03/33(日) 02:03:15.03 ID:NaE/9tYq0
「五百円硬貨」

 少し黄金色の混じった五百円硬貨を指で弾いて青空へと羽ばたかせる。
 陽光を受けたそれは空中で何度も回転しながら白く輝いた。
 舞い上がった硬貨はやがてその勢いを無くし、重力に圧されながら元来た道を引き返す。
 目線の高さまで堕ちて来たところで素早く掴み取った。
 煌いていた輝きは手の平の中で消え去り、大気が与えた僅かな冷たさがそこにあるだけ。
 体温で暖かくなり始めた硬貨一枚を握り締めたまま、ズボンのポケットに手を突っ込んで歩き出す。
 街中にぽつんと置かれたいつもの自動販売機へと。

 春の麗らかな日差しと風を浴びながら歩くこと数分。俺は目指していた場所へと辿り着いた。
 ジュースや栄養ドリンク、乾電池や菓子など多種多様な自動販売機が立ち並ぶ。
 雨風を避けるために付けられたトタン屋根の影に潜り込み、煙草の自動販売機前までと更に歩を進める。
 五百円硬貨を握ったままの手をポケットから引き抜き、汗で湿り気を帯びた硬貨を指先へと持ち変えた。
 そして、コイン投入口へとそのまま滑らすように入れ込んだ。
 普通なら僅かな時間でその硬貨はセレクターを通り、種類を判別してクレジット表示をしてくれるはず。
 しかし、そんな当たり前のことをこの自動販売機は拒んだ。
 つい先ほど入れた五百円硬貨が無常にも釣り銭返却口へと吐き出される。
 銀色のアルミ板ストッパーがその振動で虚しく揺らめいていた。
 俺は釣り銭返却口に指を突っ込んで、戻された五百円硬貨を摘み出してまじまじと眺める。
 特におかしなところは無い。至って普通の五百円玉だ。
 それなのにどうしてコイツは拒まれたのだろうか。思い付く限りの原因に思考を巡らす。
 自動販売機の釣り銭切れでもないようだ。新旧五百円玉対応済みのステッカーもちゃんと貼られている。
 なぜなんだろうか。俺はそう思いながらもう一度硬貨を入れる。
 僅かな時間でまた戻ってくる。更にもう一度試す。やはり同じ結果だった。
 だんだんと目の前のコイン投入口の隙間が、まるで嫌味ったらしい笑い口のように見えきて苛々が募る。

707 : ◆WGnaka/o0o : 2006/03/33(日) 02:03:45.52 ID:NaE/9tYq0
 仕方なく俺は役立たずのコイツをポケットに戻し、他の硬貨を探すため別のポケットをまさぐった。
 そういえば今の手持ちがあの硬貨だけだったこと思い出し、溜め息を吐きながら落胆する。
 ここで買うことを諦めて辿って来た道を引き返すことにした。反対側にあるコンビニへと向かう。
 ただ煙草を買うだけだというのに、なぜこうも遠回りしなくてはいけないんだか……。
 役立たずの硬貨を手の平で弄んだあと、責めるようにきつく握り締めた。
 機械からも拒まれたコイツはまるで俺のようだ。そんなことを思って少し自嘲気味に笑う。
 二十歳にもなって働くこともせず、親の脛をかじりながら生き永らえるだけの俺と似ている。
 この社会から不必要とされ、そして拒み逃げ続けた。
 自分の意思でやっていることだけに俺のほうが性質が悪いのかもしれない。
 ひと昔の前の希望という未来を夢見ていた自分と、自堕落になった今の自分を比べて情けなくなる。
 どこかで間違ったのだろうか。返却口すら見つからない世界で、俺は今もコイン投入口を探していた。

 輝きを放つ五百円硬貨を指先に乗せて勢い良く弾いた。
 高く遠くあの遙か先まで広がる蒼穹の大空へ届けと。
 永く続くこの哀しみを吹き抜ける春風が連れ去ってくれと。

 コンビニを目指し歩く足もそろそろ疲れてきた頃、近場の店先に出ていた休憩用ベンチに腰を落とした。
 休みついでに一服をするため、上着の内ポケットから煙草のBOXパッケージと使い捨てライターを取り出す。
 煙草のBOXパッケージを開くと、そこには最後の一本が申し訳なさそうに顔を覗かせていた。
 俺はその最後の一本を口先に咥え、使い捨てライターの着火石を引き金にし火を点ける。
 干し草が燃える独特の匂いと立ち込める紫煙が辺りを包む。
 人間ウォッチングをしながら煙草を三回ふかしたところで、反対側の歩道で何やら行っている集団を見つけた。
 数人の子供が横一列に並び、それぞれの手には何か大きめの箱を抱えている。
 そして一番端には一人の女性。あの内の誰かの保護者だろうか。
 特に興味を惹かれるようなことではないだろう。
 現に通行人の殆どは集団の目の前を通り過ぎるだけで、無関心丸出しで足を止めようともしない。
 俺は車の行き交う大通りから見えるその一団を尻目に煙草を吸い続けた。
「――お願いしまーす! 新潟で起きた震災の復興募金にご協力をお願いしまーす!」
 そんな声が遠くから耳に入ってくる。新潟といえばこの街から遥か遠い場所だ。
 良くやるなと俺は感心しつつ、紫煙に混じって宙に舞い上がるだけの手に余った五百円硬貨を見つめた。

709 : ◆WGnaka/o0o : 2006/03/33(日) 02:04:11.03 ID:NaE/9tYq0

「さて、帰るか」
 最後の一本だった煙草を半分も残したまま携帯灰皿で揉み消す。
 俺の手には小さな緑色の羽根が一枚。
 煙草が辞められて、尚且つ少しでも困っている人々の役に立つのならそれも良いだろう。
 明日は久しぶりにハローワークでも行ってみるか。
 春の日差しに後押しされるように、俺はその場から引き返すように歩き始める。
「ご協力ありがとうございましたっ!」
 元気な子供たちの声を背に受けながら、心地良い気分に浸って少し笑った。
 緑色の羽根が陽光を受けて虹色に輝く。五百円で得られた価値は、きっとそれ以上かもしれない。

  了



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