【 セブンスターにさようなら 】
◆twn/e0lews




597 : ◆twn/e0lews : 2006/03/32(土) 23:02:30.22 ID:8mZ3TIsx0
 白い骨はどこか煙草の灰を思わせて、最後まで煙草の人だった父らしいと思った。
 肺がんだったのだから煙草を愛していた親父には後悔など無かっただろう。
六十七年という人生は最近の社会では早死にとなるのだろうがそれでもだ。
会社を無事定年まで勤め上げ、孫を抱いてから逝ったのだ。
闘病中も苦しんでいたが孫の顔を見れば笑顔だった。大往生、僕はそう思う。
 「お義母さん、御休みになられたわ」
 引き戸を開け入ってきた友紀が言った。お疲れ、と僕は言って隣に座る友紀を見た。
三十路ちょっとの喪服姿の女性と言うのはどうしてか本能を刺激する。
 「喪服か……綾がここに寝てなきゃ妹か弟作りたいのに」
 「また下らない事言って」
 そう言って夫婦二人で笑いあう。
焼酎の入ったグラスを置いて煙草を咥えた僕を友紀が制す、綾が寝てるんだから外で吸ってきて。
軽く溜息をついてから観念し、そのまま縁側から外に出た。
庭には小さいころから桜があって、散り始めた桜が奇麗だった。
 「こっちおいでよ、夜桜でも眺めせんか? お嬢さん」
 茶目っ気を出して言う僕に友紀は軽く笑うとグラスを持ってやってきた。

598 : ◆twn/e0lews : 2006/03/32(土) 23:02:48.73 ID:8mZ3TIsx0
 「グラス、もう一個持って来ればいいのに」
 「私はコレを飲むから良いの」
 「間接キスだ」
 全く僕はどこまでもこの女性に惚れていると思う。
突然、前に父とこうして縁側に座って飲んだ時に母との惚気話を聞かされた事を思い出した。
 「そう言えば、お義母さんから預かり物」
 思い出したように言ってから、友紀は僕に一冊の古ぼけた通帳を手渡した。名義は僕になっている。
中を見ると三千円前後の額が毎月、二十年近く振り込まれている。額は七十万ちょっとになっていた。
 「どうしたんだろ、これ」
 「さぁ……煙草のお釣り、ってお義母さん言ってたわよ?」
 少し考えた後で僕は理解した。ああ、コレは百円旅行だ。
セブンスターのソフトパックが二百八十円、お前の駄賃が百二十円、残り百円頭金。
懐かしくてついつい口ずさむ親父制作のこの歌。
 父は忙しかった。それでも僕は一人っ子で、遅い子だったから可愛がられた。
そんな我が家の父と子の間でのコミュニケーションの手段の一つが煙草のお使いだった。
小学校の頃、父は五百円玉一枚を僕に渡すと近所の煙草屋に煙草を買いに行かせた。
お釣りの百二十円は僕の物、残り百円は年に一度の家族旅行の足しにする。
京都、大阪、栃木、山形、色々行った。そんな話を僕は友紀にした。

599 : ◆twn/e0lews : 2006/03/32(土) 23:03:06.16 ID:8mZ3TIsx0
 「まだ続けてたんだな」
 「お父さん煙草好きだったものね」
 友紀の言葉に僕は煙草のパッケージを見る。何の因果か親父と同じセブンスターのソフトパック。
 「ウチもやるか? 煙草貯金」
 次の煙草に火を点けて僕は言う。
 「そうね……でもウチは一回五百円貯めるわよ」
 私がお義母さんなら再婚するけど? あなたどうする? と付け加えて。
微笑む彼女に僕は勝てない。桜を眺めて最後の一服、諦めましょう彼女の為なら。
 父にさようならと呟いて煙草を揉み消す。
桜の木が夜風に揺れて、花びらの舞う縁側で彼女が優しく髪を撫で。
不意に目から涙が零れ、悟られぬようキスをした。



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