【 五百円玉でなにができるか 】
◆7CpdS9YYiY
555 : イロハ ◆7CpdS9YYiY : 2006/03/32(土) 21:08:55.53 ID:r0whvhJa0
ある高名な五百円玉職人には三人の息子がいました。
彼が病床に就きその先が長くないことを自ら悟ると、枕元に兄弟を呼び寄せ、こう告げました。
「私は自分の仕事に誇りを持っていた。それは私の背中を見て育ったお前たちならきっとわかってくれるだろう。
惜しいことに今後の五百円玉製造はそのすべてを造幣局が管理するようになる。
匠の技も今代限りで断たれ、お前たちが先祖代々の技術を受け継ぐことはできない。
そのことには不満はない。誰が悪いのでもなく時代の流れなのだ。
しかし私は己の人生でお前たちにいったい何を遺せたのか、それを見届けることができないのが残念でならない。
どうか老い先短い父のために『五百円玉でなにができるか』ということを示してくれないだろうか」
兄弟は互いに頷きあい、長男が代表して答えました。
「お父さん、僕たちはあなたから多くの事柄を学びました。五百円玉には無限の可能性があります。
どうか三日だけ待ってください。三日後には、お父さんの目の前で素晴らしい成果をお見せします」
こうして三人の兄弟は、三日後にまた集まることを約束し、たった一枚の五百円玉を手に思い思いの方向へと旅立っていったのです。
三日後、約束どおりに兄弟は家に帰り、父親の前に揃いました。
父親は庭の縁側に座り、まずは息子たちが無事に帰ってきたことを喜び褒め称えました。
「息子たちよ。よく帰ってきてくれた。さあ、『五百円玉でなにができるか』ということを私に教えてくれ」
最初に、長男が進み出ました。
「お父さん、見てください」
そう言って長男は懐から五百円玉を取り出し、その手を高く掲げました。
「哈!」
するとどうでしょう。長男の投げた五百円玉は燕よりも早く風を切り、
棚に置かれた盆栽を立て続けに七つばらばらにしてしまったのです。
「どうですかお父さん。僕は香港に渡り、『羅漢銭』という技術を習得しました。
五百円玉とはただのニッケルの塊ではなく、このように優れた武器ともなりえる素晴らしいものなのです」
556 : イロハ ◆7CpdS9YYiY : 2006/03/32(土) 21:09:11.42 ID:r0whvhJa0
鼻息も荒く自慢する長男を押しのけ、今度は次男が父親の前で一礼しました。
「父さん、僕は兄さんのような力任せのやり方は好まないのです。これを見てください」
次男が差し出したものは、まさに羽ばたこうとする鳳凰を模った世にも美しい細工物でした。
手のひらにちょこんと置かれたそれはまるで生きているようで、今にも動き出しそうなほど見事なものでした。
「これは五百円玉を鋳溶かして造ったものです。
ご先祖様が築き上げた素晴らしい加工技術は、このようにまったく別のものを造り上げることにも使えるのです」
それを聞いた長男は、さもおかしそうに腹を抱えました。
「なんだい、そりゃ。そんな子供のおもちゃを造るのに使われたんじゃ、せっかくのご先祖様の偉業が泣くぞ」
これには次男もむっとして言い返しました。
「兄さんこそ、子供の遊びみたいなものじゃないか。
父さんは投げて遊ぶために何十年も五百円玉を造っていたわけじゃないんだ」
二人は睨み合いましたが、すぐに思い出して三男のほうを向きました。
「お前はさっきから黙ってにこにこしているが、いったい五百円玉をどうしたんだね」
三男は微笑を浮かべながらこう言ったのです。
「食べてしまったよ。近所に美味しいラーメン屋があったので、そこで五百円を払って美味しいラーメンを食べたんだよ」
これを聞いた長男と次男は、それこそ弾かれたように大笑いしました。
「お前は実に馬鹿なんだな! お父さんは五百円玉でなにができるかを考えろと仰ったのに、
お前ときたらそんなくだらないことに使ったのか! 人手に渡して消してしまうとは!」
しかし父親はそこではじめて相好を崩し、三男の肩に優しく手を置いて笑いかけたのです。
557 : イロハ ◆7CpdS9YYiY : 2006/03/32(土) 21:09:28.17 ID:r0whvhJa0
「そうだ、賢い息子よ。お前こそが最も正しく私の言いつけに応えてくれたのだ。
可愛い息子たちよ、よく聞くが良い。お金とは消えてはじめて意味があるものなのだ。
人を傷つけたり、格好をつけたりするような使い方は、本当の使い方ではないのだ。
息子たちよ、重ねて良く聞き届けよ。物事の真なる意味を見極め、その心に従うのだ。
そうすればお前たちはきっと幸せに生きてゆける。それこそが、私が生涯をかけてお前たちに伝えたかったことなのだ」
二人の兄は己の未明を恥じ、父親の美しい言葉の意味を理解し、
その父の望みを鮮やかに適えてみせた弟のことを実に誇らしく思いました。
ああ、三人の兄弟は抱き合って感涙にむせび、父親もその輪に加わって一緒に泣き叫びました。
「弟よ!」
「お兄さん!」
「息子たちよ!」
それを遠目に見守りながら、造幣局のお役人がそっとつぶやきました。
「……やっとれんわ」