【 珠のような 】
◆MusCib6.Do




529 名前:珠のような ◆MusCib6.Do :2006/08/06(日) 23:05:52.67 ID:BqRCJW3+0
 ふと気がつくと、僕はそこに突っ立っていた。
 やたら暗かった。自分の腕や足すら視認することが出来ない。この場所には一切の光源が存在しないようだ。
耳を澄ますしてみるが、何ひとつとして聞こえない。まさか鼓膜が僕に愛想を付かして出ていったわけではあるまい。
ただ静寂と静謐が僕の周りに漂っているのが確かだった。恐らくは、霧のように。
 しばらくそこに居るとその場所に僕という《意識》のみが存在しているような錯覚を覚える。はて、抽象的自我など本当に
存在し得るのだろうか。何か恐ろしくなり、僕は咳払いをひとつ。
「けほん」
 間の抜けたその音に安心する。僕はここに生きているようだ。我咳をする、故に我あり。
 この暗黒の中に置かれても、極端に取り乱すようなことはなかった。我ながら驚いたことに、落ち着いている。
懐かしさすら感じた。羊水の中に浮かんでいるような安心感。子宮の中の記憶などあるはずがないのだが。
 何分そうしていだだろうか。或いは何時間か。僕は何故こんなところにいるんだろう。やるべきことは無いのか?
行かなければならない場所が、あるのではないのか?
 モラトリアム。ふとそんな単語が浮かんだ。そうだ。そうなのだ。これはあくまで猶予期間。
僕はそのことを唐突に思い出した。否、初めから知っていたのだ。僕たちは何時までも同じ場所に
留まることは出来ない。子宮の中でいつまでも丸まっているわけにはいかないだろう?
 僕は暗闇の中で、手探りで探し出さねばならなかった。この暗闇から僕を救い出すドアが、確かに存在するはずだった。
 硬く冷たいものが手に当たる。何だろう? 棒状の先端は無造作な凹凸。どうやら、鍵のようだ。
 僕は確信する。鍵があるのは鍵穴が存在するのは当然の帰結であり、それらは2つで1セットだと考えていいはずだ。
 首筋に汗が流しながら、僕はドアを探した。時には休憩しながら。自らの未来を懸命に模索し続けた。
 いつの間にか、夜は明けていた。僕はドアを見つけたのだ。ドアノブがひやりと冷たい。鍵穴に銀色の鍵を突っ込む。そして、開錠。
ドアを開ければきっと、待ちくたびれた僕の未来が「やっと来たか」と笑ってくれるに違いない。僕は言ってやるつもりだ。
「未成年をやるのにも、そろそろ飽きたもんでな」
 そして僕はもういちど生まれた。



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