【 夜明け前 】
◆tGCLvTU/yA




492 名前:「夜明け前」 ◆tGCLvTU/yA :2006/08/06(日) 22:06:26.93 ID:t4ZgXK+K0
 午前四時三十分。こんな時間に私は玄関の前に立っている。
 何か理由があったわけでもないがせっかくの早起きを無駄にすることもないと思い、散歩でもしようと、そう決めた。
 思い立ったが吉日という言葉もあることだし、私はベッドからもそもそと起き上がってクローゼットから着替えを見繕って着替えを始めた。
 目が暗闇に慣れてくれない。昨日はどこに置いたっけ、と未だ寝ぼけ気味の頭を回転させながら手探りで下駄箱の中から自分の靴を探す。
 完全な闇に包まれた空間で音を立てずに探し物をしてるさまは、間抜けな泥棒のようで少しだけ自分が滑稽に思えた。
 見つからない靴にイライラを募らせながらも、私は思いついたようにその言葉を発した。
「あ・・・明かりつければいいんだ。」
 履きなれた靴を、いつものように履く。履き終えると、いつもの癖でトントンと二度ほどつま先で床を叩いた。
スイッチを押して、照明がなくなると再び玄関は闇に包まれる。改めて電気というものがいかに大事かを実感しつつ、私はドアを開けた。
 ドアを開けた先には、夜空を彩る満天の星も幻想的に光り輝く満月もなかった。目に入ったのは、眼前に広がる暗闇のみだった。
「もう少し、何かあってもいいんじゃないかなぁ。」
 何を期待したわけでもないが、あまりの殺風景に私は少々落胆した。この景色を絵画にするとしたら、黒の絵の具を紙いっぱいに使うだけで完成してしまう風景だった。
 とにかく、いつも散歩する堤防まで行ってみようと思った。せっかくだから違う道を歩こうとも考えたが、よくよく考えれば堤防以外に散歩する道もなかった。
 夜の静寂に包まれた街を一人歩く。朝の一歩手前くらいの時間帯といったところか。夜は眠りについて朝が目を覚ます。この街に喧騒と光が戻ってくるのは時間の問題だ。
 今この瞬間、世界に私しかいないような感覚。孤独な世界で私は一人暗闇を突き進んでいる。少し寂しくなった。こんなことばかり考えてしまうから夜はどうにも嫌いだ。
 暗闇は段々と晴れて、目覚めた頃よりも、かなり明るみが増してきている。そして私は堤防へと続く階段を上っている。今日はもうこの階段を上ったら帰ろうと思った。
 階段の終わりは29段目。その29段目を上り終えて私は俯き加減だった顔を、ようやく上げた。
「あ・・・・・・。」
 その光景は、私から言葉を奪うには充分すぎるものだった。太陽が目を覚ます瞬間に、私は立ち会った。美しいと思ったと同時に呆然とした。
 当たり前に流れる日常の中に、これほど美しい景色があったなんて、と。もし、この景色を絵画にするとしたら。いや、無理だろう。
 この景色は直に見なければわからない魅力がある、そういう美しさだと思う。そして、一つだけ気づいたことがある。
 暗闇があったから、あの長い夜の時間があったからこそ、私はこの景色を見ることができた。ずっと昼でも気づけなかったし、ずっと夜でも気づくことはなかった。
 それを考えると、何も見えない暗闇もこの一瞬を引き立てるためのスパイスだと思えば、悪くない。目を覚まし始めた小鳥のさえずりを聞きながら、そう思った。



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