439 名前:品評会用「夜風」 :2006/08/06(日) 18:01:56.34 ID:JyTej2Q30
ざざぁ、ざざぁ。
潮騒の音と潮の香りが目を閉じた暗闇の中で研ぎ澄まされた五感をくすぐる。
日中の暑さが嘘のように、涼しげな風がノースリーブのワンピースの肩を頬を、髪を
撫でてゆく。
膝の下で波が踊り、水の下の砂浜が私の足をまるで吸い込むように、波が寄せたり
引いたりするたびに、足の裏で砂がダンスする。
十年ぶりに帰省した小さな島は、子供の頃よりもなんだか全部が少しづつ小さくなっ
て、なんだか全部が少しずつ古びていた。ペンキの剥げた赤いポスト、おじいちゃん
の家の小さな池。
「京子ねえちゃん、そんなとこで何してんだ?」
後ろから声をかけられて、私は目を開いた。最初に目に飛び込んだのは月明かり。
そして静かな海を行く船の光。
「うんう、何にも・・・海を見てたの。」
ざぶざぶざぶ・・・無遠慮に私の隣にそいつは並ぶと、
「キレイな月だな。」
昔から変わらないぶっきらぼうな口調でそういった。
そうだ、思い出の中よりも一つだけ大きくなってるものがあった。
「・・・幸平はさ、大きくなったよね・・・。」
私はもう一度目を閉じた。暗闇の中に、ねえちゃん、ねえちゃん。そう言っていつも
後ろをついてきてた男の子が目に浮かんだ。
「なにそれ。」
「なんでもない。」
「そっか・・・。」
ざざぁ、ざざぁ。
目を閉じた暗闇の中で、潮騒が響いていた。