【 闇魔術 】
◆sTg068oL4U




404 名前:闇魔術 ◆sTg068oL4U :2006/08/06(日) 14:03:39.35 ID:zewpVw4w0
試着室より少し広い、全面鏡張りの部屋に入る。左右と扉の向いには、既に蝋燭が立てられている。
「じゃあさっき説明した通り、蝋燭は扉の左から左回りに消していってね」
といって、占い師は扉の前にも派手な燭台を置いて扉を閉める。
鏡に薄ぼんやりと自分の姿が映る。前後左右に、輪郭の不確かな自分自身が無限に拡がる。
中は蒸し暑く、亡霊の群れに包囲された様で気分が悪い。さっさと儀式をはじめよう。

――蝋燭を全部消しても、鏡に映った自分はすぐに消えないわ。
  合わせ鏡で無限に増殖した貴方が全部消えるのに、少し時間がかかるの。

そんなことがあるだろうか、闇は一瞬で訪れる気がする。
蝋燭を倒さないように気を付けつつ、順番に蝋燭を消す。全て消したが、無数の自分は鏡に映ったままだ。
試しに“遠く”へ目を凝らしてみる。するとギロチンの刃が次々と落ちるように暗闇が向かってくる。
前後左右へ無数に拡がった私の亡霊を消し去りながら、暗闇の壁が段々とこちらに迫る。

――願い事はね、鏡に何も映らなくなったら言うの。四方が闇だけになってからね。
  早すぎても遅すぎてもダメよ。失敗したら?貴方も闇に飲み込まれてしまうわ……

亡霊の連なりは段々と短くなっていく。近づいて来て初めて、その浸食の速さに驚く。
聞こえるはずのない轟音が耳に響く。亡霊を飲み込む闇の勢いが、幻聴をおこすのだろうか。
慎重にタイミングを計る。でももし失敗したら……そう思うと胃が痛い。そして口の中が酸っぱい。
闇が全ての亡霊を駆逐した瞬間、不安を振り払うように大声で叫ぶ。

「今晩カレーが食べたい!」

家に帰ると食卓には鰻重、母親が幾分申し訳なさそうに言う。
「カレーを火に掛けてたら焦がしちゃってね、店屋物にしたのよ」

――怖くなったらつまらない願いを言うの、例えば夕食に食べたいものとか。
  絶対に叶わないけど、命は助かるわ。賭ける物がショボイと、儀式自体が不成立になるのよ。



BACK−蝉 ◆aDTWOZfD3M  |  INDEXへ  |  NEXT−ひかりへ ◆dx10HbTEQg